新ブログ『川越名画座』に引っ越しました。さらに充実した内容で運営していますので、ぜひご訪問ください。

2006年10月03日

イタリア旅行 1953年/イタリア【DVD#120】

Viaggio in Italia.jpg
”Viaggio in Italia”

監督:ロベルト・ロッセリーニ
製作:マリオ・デル・パパ/マルチェロ・ダミーコ
脚本:ヴィタリアーノ・ブランカーティ/ロベルト・ロッセリーニ
撮影:エンツォ・セラフィン
音楽:レンツォ・ロッセリーニ
出演:イングリッド・バーグマン
   ジョージ・サンダース
   レスリー・ダニエルズ
   ナタリア・ライ
   マリア・モーバン
   アン・プロクレマー
   ジャッキー・フロスト
   ポール・ミューラー

詳しい作品情報はこちら
    ⇒allcinema
    ⇒IMDb(英語)


ネタバレですよ

先日アップした『女の顔(1938年)』から15年経っていますが、中年になっても相変わらずバーグマンは美しい。『イタリア旅行』は公開当初国内の批評家にずいぶん酷評されたものの、フランスのヌーヴェルヴァーグ一派に再評価され、現在ではロッセリーニの代表作のひとつといわれています。

世紀のスキャンダルでバーグマンがロッセリーニの下に走ってから、彼女の主演で作られたロッセリーニ作品は全部で6本。6本すべてに何らかの形で”うまくいかない結婚生活”が描かれているというあたりが考えさせられますが、4作目の『イタリア旅行』のテーマまさにそのもの。中年夫婦の危機と再生。

この映画の中でジョージ・サンダースとバーグマンが扮する中年夫婦は奇跡的な絆の回復を果たしますが、実生活ではすでにバーグマンとロッセリーニの仲には暗雲が垂れ込めていたようです。バーグマン主演作品はどれも興行的成功に恵まれず、経済的にも追い詰められた二人の関係はその後も好転することはありませんでした。翌年『不安』を撮った後二人はついに破局。ロッセリーニは4年間の沈黙に入ります。

ロッセリーニはどんな気持ちでバーグマンを演出していたんでしょうね。実生活の不仲さえも作品にしてしまうプロ根性の現われなのか、それともこの作品はバーグマンに対する切ない願いだったのか、どちらにしても実際の結婚生活が危機に瀕している時期に製作されたことには驚きを感じます。

美しい音楽と共に開巻すると、死んだ伯父が残した別荘を処分するためにナポリへと車を走らせているキャサリン(バーグマン)とアレックス(ジョージ・サンダース)の姿があります。ゴダールが「一組の男女と一台の車があれば映画が出来ると悟った」とのたまった車のシーンですが、一見して二人の間には冷たいものが流れています。言葉の端々にするどい棘が見え隠れしていたり、なんともいえない気まずい”間”がつらかったり。冒頭から丁寧な不仲の描写がリアルです。

ホテルに到着して、キャサリンは”私たちはまるで他人同士のようだ"と言います。結婚して8年、初めての夫婦旅行。皮肉なことにその初めての夫婦旅行で、今まで直視せずに来た夫婦の溝があらわになってしまいます。しかし、表向きは仲むつまじく装い、二人は叔父の別荘が売れるまで滞在することになります。

夫婦で一緒にいる時間が増えたがために、返って二人の間の溝がくっきりと意識される。で、意識されると必ずそれを広げにいってしまうんですねぇ。面白いですねぇ。でも妙に・・・実感できるんだなあ。夫婦関係がこの状態になると、何をやっても裏目に出ますよね。夫婦ってうまく出来てるもので、どちらかが”相手のことが気に入らない!”などと思っているときは、ほぼ同等のエネルギーで相手も同じことを考えていますから、どんな些細なことでもネガティブにスパイラルしていくわけです。

なにげなくキャサリンが話した死んだ恋人の話に、アレックスは冷たく反応し、彼女はその傲慢さに我慢できず、一人でナポリ観光に出かけてしまいます。そして、彼女が勝手に車を使ったことで今度はアレックスが激怒してついに離婚話に・・・・・。やはり、夫婦危機渦中の人だっただけあって、折り重なる二人の感情と加速していくネガティブスパイラルの描写が見事です。

しかしこの夫婦には救いが残されています。まだ互いのことに全く無関心になってしまったわけではありません。パーティでそれぞれ相手が他の異性と親しくしているのを見ては心をかき乱されています。わずかに再生のための土壌が残されているわけです。。

一人で観光地を巡るキャサリンの見るものや、アレックスがフラれる人妻との会話。こういうものがわずかな土壌の上で種火となって再び夫婦の愛情は燃え上がり、ラストを迎えるのですが・・。

このラストシーンは、評価が紆余曲折した大きな原因になってるでしょうね。イタリアのネオレアレズモ批評家の目には全くのご都合主義に写ったことでしょう。

このラストって、ほぼ100%メロドラマのラストシーンですよね。”中年夫婦の危機を冷徹に描写した作品”ではなく、スター”バーグマン”と”サンダース”のちょっと劇的な恋愛ドラマの予定調和的ラストシーンであると。そういう理解で観れば、全体としてかなり楽しめるんじゃないでしょうか。★★★☆☆

イタリア旅行 (トールケース)イタリア旅行 (トールケース)
ロベルト・ロッセリーニ イングリッド・バーグマン ジョージ・サンダース

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posted by FROST at 23:59| 埼玉 ☀| Comment(2) | TrackBack(1) | OLD:イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月22日

郵便配達は二度ベルを鳴らす 1943年/イタリア【DVD#114】

ossessione.jpg

”Ossessione”

監督:ルキノ・ヴィスコンティ/原作:ジェームズ・M・ケイン
脚本:ルキノ・ヴィスコンティ/マリオ・アリカータ/ジュゼッペ・デ・サンティス/ジャンニ・プッチーニ/アントニオ・ピエトランジェリ
撮影:アルド・トンティ/ドメニコ・スカラ
音楽:ジュゼッペ・デ・サンティス
 
出演:マッシモ・ジロッティ/クララ・カラマーイ/フアン・デ・ランダ/エリオ・マルクッツオ

   詳しい作品情報はこちら
    ⇒allcinema
    ⇒IMDb(英語)


ネタバレですよ

ヴィスコンティといえば、『夏の嵐』『ルードヴィヒ』など19世紀後半あたりの豪華絢爛コスチュームドラマを思い浮かべます。彼の出自がそもそもミラノの貴族家系ですから、こういう作品群は言ってみればホームグランドで勝負していると言うことになります。しかし、このデビュー作はそれらとは全く異なり、庶民階層の姦通・夫殺しなど生々しいものを題材としたネオリアリズムの先駆とも位置づけられるハードな作品でした。

放浪生活を続ける元整備工ジーノ(マッシモ・ジロッティ)がとあるカフェに流れ着き、若妻ジョヴァンナ(クララ・カラマーイ)と恋に落ちるところから物語りがはじまります。

ジョヴァンナは過去の悲惨な生活がトラウマとなっており、何よりも地に足の着いた堅実な生活が大切。カフェの主人である夫ブラガーノは年が離れている上に横暴ですが、彼女は不満が爆発しそうになりながらも生活のために我慢しています。一方のジーノは放浪の人。大体、放浪癖のある人間と言うのはロマンティストに見えますが、実はひとところに留まることによって生じる人間関係のしがらみや責任などに関わりたくないと考えていたりするもので、ジーノもそういう人間のように見えます。

この二人、愛し合ってしまったものの、惚れた腫れたの後にさてどうしようかと考えたときに答えがない。いったんは強引に駆け落ちに持ち込むジーノですが、結局ジョヴァンナは不安定で先の見えない生活に踏み切ることが出来ず、土壇場で今の生活にとどまります。

飛び出したジーノは、行商人スパニョールと出会います。このスパニョールは、原作には登場しないオリジナルキャラクターだそうですが、放浪の象徴でありジーノの分身。安定の象徴であるジョヴァンナと対になるキャラクターで、安定と放浪のいずれを選択するかというジーノの葛藤をより鮮明に映像化する役割を担っています。スパニョールは彼に放浪生活に戻るよう説得を重ねます。

しかし、偶然ジョヴァンナと再会したジーノは、やはり想いを断ちがたく、再び彼女への愛に突っ走ります。一度はジーノへの想いを捨ててしまったように振舞っていた彼女もそれに応えます。

さて、そうすると行き着く結論はひとつしかありませんね。ジョヴァンナにはどうしても今の生活が必要で、ジーノとも一緒に暮らしたい。ジーノもどうしてもジョバンナと一緒になりたい。そうすると邪魔になるのはブラガーノ。

かくして、哀れブラガーノは二人の手により自動車事故に見せかけて殺されることになります。酒に酔い、車を降りて夜道に休むブラガーノ。車のライトに照らされて闇の中にブラガーノだけが浮かび上がります。その闇の中で殺しの段取りを相談するジーノとジョヴァンナの声。怖いシーンですねぇ。

ジョヴァンナにとって、ブラガーノ殺しは”願望成就”。ついに邪魔者のいない安定生活を手に入れたと喜びます。警察での事情聴取の後、思わず刑事に握手の手を差し出してしまうジョヴァンナ。

一方、ジーノは思っても見なかったほど激しい罪悪感に見舞われ、店を売ってよその土地に移ろうと言い出します。しかし、せっかく理想の生活を手に入れたジョヴァンナにとってはもってのほか。彼女はジーノを説き伏せ、店の再開を宣伝するためにバンドを雇いパーティを開きます。このパーティは彼女の願望成就の祝いの宴でもあります。しかしパーティが盛り上がる中、ジーノは部屋にこもって罪悪感にもだえ苦しみます。そして、ふと外を見るとそこには噂を聞いて訪ねてきたスパニョールの姿が。

ここがジーノにとって二度目の選択にして最後のチャンスでした。ジョヴァンナ(安定)をとるか、スパニョール(放浪)をとるか。スパニョールの口からジョヴァンナに対する非難を聞いて、思わず彼を殴り倒してしまったジーノはついにスパニョールと訣別。思い返して呼び止めるジーノの声を無視してスパニョールは去ってしまいます。こうして、ジーノの最終選択(=悲劇の選択)は半ば勢いでえなされてしまうのでした。

パーティが終わって散らかった店内。まだ罪悪感や迷いを払拭できないジーノ。暗がりの中一人ぼっちで一口食事をとり、テーブルに突っ伏してしまうジョヴァンナの姿。彼女が夢見て、夫を殺してまで手に入れたものは、早くもほころびを見せはじめています。このシーンは、胸にぐっときます。
ジーノは心の平和を得られないまま仕事もせず酒を飲み他の女に走ります。以前の着の身着のままではなく、仕立てのいいスーツを着ていますが、身なりのよさが心中のむなしさを逆に強調するようでジーノの姿はピエロのように見えてしまいます。ジョヴァンナにとってジーノは今や理想の伴侶ではなく、殺したブラガーノと同じような悩みの種になってしまいました。ジーノをなじるジョヴァンナ。「私を裏切れば警察にブラガーノ殺しの真相を話す」と口走るジョヴァンナ。しかし、実はこの時点ですでに警察は二人に不審の目を向けて捜査を行っています。

捜査の手が間近に迫っていることに気付いた二人は、ジョヴァンナがジーノの子供を身篭ったこともあり再び心を交わせます。ついに店を捨てる決心をして自動車で逃亡を図りますが・・・・・・。「郵便配達は二度ベルを鳴らす」。大事なことは二度目で決定的になる。二度目の自動車事故で二人は決定的な運命を迎えるのでした。

この映画はかなり予想通りに展開するなという印象で、物語としてはわかりやすいですね。その分、私の中では最近見た映画の中でインパクトが少ないほうかもしれません(ただし最近インパクト強烈な映画ばっかり見ているので比較対象のレベルが高すぎる感あり)。

しかし、ヴィスコンティが由緒正しい貴族の出身であることを考えると、自分には全く無縁の庶民層を舞台としてこ、れだけリアルな映画をつくりあげたことは驚くべきことだと言えます。初期作品におけるリアリズムの追求が、後のコスチューム劇のクオリティを支えていることは良く知られていますが、そういう見方からするとやはり十分に評価すべき作品だと思います。

郵便配達は二度ベルを鳴らす デジタル・リマスター 完全版
郵便配達は二度ベルを鳴らす デジタル・リマスター 完全版ジェームズ・M・ケイン ルキーノ・ヴィスコンティ ジュゼッペ・デ・サンティス

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<500円VD情報>
コズミック版のDVDは後半のコントラストがきつくなった映像がかなり辛い。俳優の顔が白抜けしています。
オリジナルフィルムもあまり状態が良くなさそうなので上記デジタル・リマスター版はかなり気になりますね。

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<おまけ>『郵便配達は二度ベルを鳴らす』の意味は?
posted by FROST at 15:34| 埼玉 ☔| Comment(6) | TrackBack(1) | OLD:イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月14日

殺し 1962年/イタリア【Video#10】

この記事は大幅加筆修正の上、新ブログ川越名画座に転載しました。川越名画座の記事も是非ご覧ください。 ⇒ こちらから

”LA COMMARE SECCA”

監督:ベルナルド・ベルトルッチ
製作:アントニオ・チェルヴィ
原案:ピエル・パオロ・パゾリーニ
脚本:ベルナルド・ベルトルッチ/セルジオ・チッティ
撮影:ジャンニ・ナルツィージ
音楽:ピエロ・ピッチオーニ
 
出演:フランチェスコ・ルイウ
   ジャンカルロ・デ・ローザ
   アルフレード・レッジ
   アレン・ミジェット

   詳しい作品情報はこちら
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もともとはパゾリーニが監督するはずだったとも聞く。ラスト・エンペラーなどで知られるベルトルッチ監督21歳の時のデビュー作品。

先日レビューした”美女と野獣”の監督コクトーが詩人であったが、ベルトルッチも詩の素養がある。詩的な感性は映像の感性に共通するところがあるらしく、この作品でも映像の美しさが印象に残る。

テーベレ河沿いの公園にかかる自動車道路を見上げる映像で映画は始まる。自動車のエンジン音が聞こえてきて、車は見えないが橋の上を通過したと思しきときにパッと新聞をちぎった紙ふぶきが橋から舞う。ひらひらと新聞紙が舞い落ちたところに娼婦の死体。同時に拍子抜けするほど穏やかなギターのメロディが流れ出し、オープニングクレジットが始まる。

このオープニングは一見の価値あり。詩的感性もとより皆無ではあるが、それでもその”詩的”美しさに見惚れてしまう。

物語は、娼婦殺しの参考人を尋問する取調室が舞台であるが、ほとんどは尋問される者たちの回想シーンである。ここのフラッシュバックが黒澤明監督の『羅生門』の影響を受けているらしいのだが、残念ながら『羅生門』は未見。残念。

公園のアベックの荷物を置き引きするチンピラや、金貸し女のヒモ、休暇中の兵士、木のサンダルで夜毎歩き回る男などが、順に取調べを受け事件当日の行動を語る。どれも普通の市民の普通の日常だがロケによるリアリティに徹した映像がイタリア映画らしい。

回想シーンの終わり近くで必ず雨が降る。同じ時間帯を描いているので当然でなのだが、この雨が次々に語られる物語が平行して起きていることを観客に思い出させ、物語が折り重なる迷宮のような印象を与える。

そして、すべての回想は殺しのおきる夜の公園にたどり着く。この夜の公園の描写が詩人の面目ここにありというくらい極めて秀逸。参考人の男たちはそれぞれ公園にいて、どの回想場面にも共通して殺された女が小さく写っている。それぞれの男たちが他の参考人たちを目撃しており、その証言内容に沿って同じ場面が違うアングルで再現される。映像の迷宮は最高潮に達する。

ラストはダンスホールで犯人が逮捕されるシーンで終わるが、ダンスのリズムに合わせて犯人が明らかになるシーンもそのアイデアが冴えている。

21歳の処女作とはとても思えない秀作であった。★★★★☆

殺し
殺しベルナルド・ベルトルッチ フランチェスコ・ルイウ

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posted by FROST at 20:40| 埼玉 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | OLD:イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月17日

#0037『甘い生活』フェデリコ・フェリーニ監督 1959年イタリア・フランス

La Dolce Vita.jpg”LA DOLCE VITA ”

監督:フェデリコ・フェリーニ Federico Fellini
製作:ジュゼッペ・アマト Giuseppe Amato
   アンジェロ・リッツォーリ Angelo Rizzoli
原案:フェデリコ・フェリーニ Federico Fellini
脚本:フェデリコ・フェリーニ Federico Fellini
   エンニオ・フライアーノ Ennio Flaiano
   トゥリオ・ピネッリ Tullio Pinelli
   ブルネッロ・ロンディ Brunello Rondi
撮影:オテッロ・マルテッリ Otello Martelli
音楽:ニーノ・ロータ Nino Rota
出演:マルチェロ・マストロヤンニ Marcello Mastroianni
   アニタ・エクバーグ Anita Ekberg
   アヌーク・エーメ Anouk Aimee
   バーバラ・スティール Barbara Steele
   ナディア・グレイ Nadia Gray
   ラウラ・ベッティ Laura Betti
   イヴォンヌ・フルノー Yvonne Furneaux
   マガリ・ノエル Magali Noel
   アラン・キュニー Alain Cuny
   ニコ Nico


「以前は野心もあった。今はすべてを忘れつつある」

文学の道を志し、ローマにやってきたマルチェロは夢もかなわず新聞にゴシップ記事を売って暮らしている。一途に彼を愛する恋人エンマがいながら、大富豪の娘マッダレーナ、米国のグラマー女優シルビアなどと上流階級の退廃的なくらしに浸る毎日。妻と子供をこよなく愛する友人スタイナーの自殺を契機にますます乱痴気騒ぎに没入していく。

アメリカ映画が取り上げるテーマには、何かの目的を追求しようとする力強さがあり、日本の映画のそれにはストイックさがあります。が、ヨーロッパの映画には、というよりこの映画にはそういう”人間としての正しい行い”みたいなものが、見事に無いですね。キリスト教のお膝元イタリアのことですから騒ぎになったのもわかります。

物語で、人としての良心みたいなものを表してるのは、父親とスタイナーとラストシーンの少女でしょうか。で、父親は乱痴気騒ぎのあと体調を崩し、スタイナーは自殺し、少女の言葉は波音にかき消されて聞こえないと。かくしてマルチェロはわずかに残っていた夢も完全になくして退廃の世界に埋没していくのした。

これは、当時のイタリア社会(というかローマ)の風刺ですか?それともフェリーニの個人的な嗜好ですか?どちらにしてもずくずくに熟しきった退廃感が、なんというか意外と心地よかったりします。こういう作品を観るとヨーロッパ映画を観た甲斐があるなぁ、と感じますね。

フェリーニの映画は、”カサノバ”が公開されたときに当時高校生だったか大学に入ったばかりかと思いますが、一人で観に行ってかなりショックを受けた記憶がありますね。それ以来”わけのわからない監督”という位置づけだったのですが、今見てみるとかなり抵抗無く受け入れている自分を発見しました。人生経験をつんだ賜物でしょうか(笑)根が怠惰なので波長が合うだけかもしれません。


評価は星よっつ★★★★☆


次は同じくフェリーニの”81/2”に向かいます。

甘い生活
B0009J8KAOフェデリコ・フェリーニ トゥリオ・ピネッリ ブルネッロ・ロンディ


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posted by FROST at 11:59| 埼玉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | OLD:イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月29日

#0011『自転車泥棒』ビットリオ・デ・シーカ監督 1948年イタリア

bicyclethievesFB.jpg

”Ladri di Biciclette”
監督: ヴィットリオ・デ・シーカ Vittorio De Sica
製作: ヴィットリオ・デ・シーカ Vittorio De Sica
原作: ルイジ・バルトリーニ
脚本: チェザーレ・ザヴァッティーニ Cesare Zavattini
     スーゾ・チェッキ・ダミーコ Suso Cecchi d'Amico
撮影: カルロ・モンテュオリ Carlo Montuori
音楽: アレッサンドロ・チコニーニ Alessandro Cicognini
 
出演: ランベルト・マジョラーニ Lamberto Maggiorani
     エンツォ・スタヨーラ Enzo Staiola
     リアネーラ・カレル Lianella Carell
     ジーノ・サルタマレンダ

「・・・どれだけ大切な自転車か・・・・・・・」

敗戦間もないイタリア。主人公のアントニオは二年間も職を探し続けています。職業安定所からようやく紹介された仕事は市役所のポスター貼りで、仕事には自転車が必須。ところが、その自転車は生活のために質屋に入

原因不明ですが、記事本文が消えてしまいましたToT
もう一度観たときに改めて感想をアップしますので
よろしくお願いします。2007年3月31日
posted by FROST at 21:32| 埼玉 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | OLD:イタリア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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