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2006年10月06日

狂った果実 1956年/日本【DVD#121】

syuu.aaaa.jpg 監督:中平康/製作:水の江滝子
 原作:石原慎太郎/脚本:石原慎太郎
 撮影:峰重義/美術:松山崇
 編集:辻井正則/音楽:佐藤勝/武満徹
 特殊撮影:日活特殊技術部/助監督:蔵原惟繕
 
 出演:石原裕次郎/津川雅彦/深見泰三/藤代鮎子/北原三枝/岡田真澄/東谷暎子石原慎太郎

   詳しい作品情報はこちら
    ⇒allcinema

ネタバレですよ

『太陽の季節』と同じく1956年に公開された日活太陽族映画の名作。ゴダールやトリュフォーなどヌーヴェル・ヴァーグの名監督にも影響を与えたそうです。

主役は、『太陽の季節』の端役でデビューした石原裕次郎、名門マキノファミリーの御曹司津川雅彦、そして二人を相手に見事な存在感を見せる北原三枝。

石原裕次郎、前作『太陽の季節』はカメラテストという名目での出演だったそうです。石原慎太郎の脚本にホレ込んだ水の江滝子女史が慎太郎自身を出演させようとしたところ、「弟の方が映画向きだから」ということで裕次郎を紹介されます。

裕次郎を一目見て”これだ!”と直感した水の江プロデューサーは、会社と現場を説得します。ところが、誰も裕次郎に興味を示さない。どうしても裕次郎を使いたい水の江プロデューサーの苦肉の策がカメラテストという口実で出演させることだったそうです。

しかし、『太陽の季節』の裕次郎は端役ながら輝いてましたからね、二作目の主役に抜擢されたのも納得できます。

他の配役では『太陽の季節』で主役だった長門裕之をワンシーンだけのチョイ役(裕次郎に殴り飛ばされるチンピラで役名が石原!)に下がらせて、脇役だった岡田真澄をクローズアップしています。岡田真澄もこれでもかというくらいハーフの魅力を振り撒いており、いかにも怪しげでいいですねぇ。

湘南の裕福な家庭、太陽族を地で行く兄夏久(裕次郎)と真面目でウブな弟の春次(津川雅彦)。春次は駅ですれ違った恵梨(北原)に一目惚れしてつき合い始めますが、恵梨は春次に住まいさえ明かしません。実は彼女には年の離れた外人実業家の夫がいるのですが、それを知った夏久は、自分とも付き合うように恵梨に迫ります。夫がいながら春次との付合いは浮気ではないと言い切る恵梨も、それでは浮気は自分としろと迫る夏久も徐々に『狂った果実』の本領を発揮してきます。

夫の留守の度に、昼間は海で春次とプラトニックな交際をし、夜は夏久と時を過ごす恵梨。兄弟の恵梨への想いが高まるとともに三人のバランスは崩れ・・・。”狂った”二人の犠牲になるのかと思われた春次が次第に思いつめ、ラストではこの作品一番の狂気を爆発させます。

この作品は『太陽の季節』の姉妹編と言われていますが、以上のようにかなり趣は異なります。『太陽の季節』では、あくまで若者たちの”あたりまえ”の行動を描く中で価値観の違いを描いていました。何をやっても本気になれない、愛しているのに愛することがわずらわしい。そういう若者たちのもどかしいような未熟さをクールで無表情な長門と挑むような視線の南田洋子が好演していました。

『狂った果実』では若者たちの価値観をデフォルメして、無軌道で非常識な行動を極端にクローズアップしているように思えます。前半の若者たちの主張(これはない方が良かった)やあまりにエキセントリックな三人の関係、ショッキングなラストシーンなど、どうもデフォルメ度が効きすぎて個人的に違和感を感じるんですよね。違和感というよりも、結局は作り話なんだなというちょっと距離を置いて見てしまう感じかな。

確かにヌーベル・バーグにも通じる映像や雰囲気を感じることの出来る素晴らしい作品だと思いますが、今回は『太陽の季節』に軍配を上げておきたいと思います。★★★★☆


狂った果実
狂った果実石原慎太郎 中平康 石原裕次郎

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2006年09月28日

太陽の季節 1956年/日本【DVD#117】

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監督:古川卓巳/製作:水の江滝子
原作:石原慎太郎/脚本:古川卓巳/撮影:伊佐山三郎
美術:松山崇/編集:辻井正則/音楽:佐藤勝/助監督山崎徳次郎
 
出演:長門裕之/三島耕/清水将夫/坪内美詠子/南田洋子
東谷暎子/佐野浅夫/石原裕次郎/石原慎太郎/岡田真澄


   詳しい作品情報はこちら
    ⇒allcinema

ネタバレあり

”太陽族”という流行を生み出した石原慎太郎原作による日活の問題作。この作品のヒット以降製作された「太陽族映画」が青少年に有害であるという議論が高まり、映倫設立のきっかけとなった作品でもあります。。

主演は、最近『寝ずの番』で死んだあとまでラインダンスを踊らされていた長門裕之と、後に長門夫人となった”日活の至宝”南田洋子。石原裕次郎が期待の大型新人としてスクリーン初出演しています。

主人公の津川竜哉(長門)は頭も切れスポーツ万能だが、本当にやりたいことを見つけられない高校生。知り合いのボクシングジムで伊豆(石原裕次郎)に打ち負かされたことからボクシングを始めます。ある日ボクシング仲間と街に出かけ、ナンパで知り合った英子(南田洋子)と付き合い始めます。お互いに、本当に人を愛したことのない不十分な人間同士だと認識しあいながら二人の交際は深まっていきます。いつまでも本気になれない竜哉ですが、英子の方は彼との交際を通して真剣に人を愛することを学び、竜哉に対しても自分に対する愛を求め始めます。やがて、竜哉はそんな英子が徐々に疎ましくなってきます。

主人公の竜哉のような若者を指す”アプレゲール(アプレ)”なんて言葉がありましたが、今や死語を通り越して影も形もありませんね。私の世代(40代半ば)だと聞いたことのある人もかなりいらっしゃると思います。手塚治虫の漫画なんかでも見かけましたね。懐かしい・笑

特に日本では、第二次大戦後の無軌道で道徳観のない若者たちを指して言った言葉で、大人たちがつくった価値観に納得できない、自分たちには何かができるはずだと思いながら、実際は何もできず無軌道に毎日を生きている、そういう感じでしょうか。

二人の会話で、「誰かが死んでもきっと泣かない」という竜哉に、「去年婚約者が交通事故で死んだけれど、一切涙を流さなかった」と英子が答えるシーンがあります。いかにも、アプレゲールな若者の会話ですが、先に本当の愛に目覚めた英子は、物語の終盤で結局竜哉の愛を確かめられなかったときにぼろぼろと涙を流します。一方、竜哉はラストシーン(何のシーンか書けないんですけど・・)でも結局一粒の涙も流さずに映画は終わります。

二人が共にアプレだった映画の前半では、ダンスパーティやヨット遊びなどそこで行われている事々はとてもおしゃれでスマートです。しかしそれは、楽しいことだけをして、うわべだけをつくろっているからおしゃれなのであって、英子が愛に目覚める後半は嫉妬や悩み・喧嘩など生々しく人間くさい出来事が増えてきます。竜哉が英子を疎んじて兄道久に5000円で売り渡してしまいますが、英子は道久が払った5000円をたたき返します。その金で竜哉はまた同じことをして英子が再び金を送り、都合4回同じことが行われます。「何回でも私はお金を払う」と言い切る英子には、確固たる竜哉への愛があってそこにはすでにアプレゲールのいい加減さはありません。

ラストシーンで英子のクローズアップが写ります。竜哉を責めているようにも見えますし、哀れんでいるようにも見えますね。じっと彼女を見つめて”お前らは何にもわかっていないんだ”と叫んで走り去る竜哉。大人になれない未熟な精神。なんとも言い表せない焦燥感。やり場のない怒り。そういう、若者を取り巻いていた時代の空気のようなものを、よくこれだけ見事に映像化したものだと感心してしまう一本でした。

ちなみに、新人石原裕次郎は端役ですが、周りの役者と比べて存在感が段違い(オーラが出てる)。軽薄なシーンには登場していないようで、大切に扱われていたようです。同年に撮られた姉妹編『狂った果実』では早くも主役。さもありなん。大物は最初から違います。★★★★★

太陽の季節
太陽の季節古川卓巳 石原慎太郎 長門裕之

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2006年09月13日

帰らざる波止場 1966年/日本【映画館#13】

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 監督:江崎実生/企画:児井英生/脚本:山田信夫
 撮影:横山実/美術:千葉和彦/編集:鈴木晄
 音楽:伊部晴美/技斗:渡井喜久雄/助監督:曽我仁彦
 
 出演:石原裕次郎/浅丘ルリ子/志村喬/郷金英治
 金子信雄/深江章喜/杉江弘


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「えらくかっこいい映画だな」と観終ったときに思わず口走ったわけですが、改めて考えてみるとかっこいい映画ってどんな映画だろうね?とちょっと考えてしまいました。整理してみるとこんな感じかな。私の場合ね。

1.魅力的な役者が活躍する
 文字通り、かっこいい美男美女ということもあるけど、映画俳優を”かっこいい”という時には当然演技のスタイルなんかが重要なわけです。拳銃無頼帖の宍戸錠などは男前というよりも、そのニヒルな演技というか笑い顔(笑顔ではない!)一発にしびれてしまうこともあるわけです。石原裕次郎の場合は、いろんな過去を引きずって苦悩しながらも自分の筋目をきちんと通す、そういう男を演ずると抜群の魅力を発揮しますね。それと、今回は志村喬ですねぇ。老刑事ですがね、目的のためには手段を選ばない汚いやり口と執念深さ。それをいかにも人のよさそうな老人的笑顔でやるわけですから、迫力ありますねぇ、こわいですねぇ。こういうのも魅力的だと思います。ま、なんにしてもやはり第一に役者に魅力がないとだめなようです。

2.ストーリーが自己投影できて魅力的
 横浜を舞台に自らの手で殺してしまった恋人の復讐を誓う元ジャズ・ピアニスト裕次郎と、彼と出会って恋に落ちてしまう財閥の未亡人浅丘ルリ・・・。そんなストーリーに”自己投影できる”なんて言っちゃうとぶん殴られそうですが、それでもやはり同じく人間、同じく現代、主人公もやはり悩んだり泣いたり笑ったりしているわけで、そういう意味では無意識のうちに自己投影しながら映画を観てますね。SFとかホラーとか時代劇などはやはり見方が違うかな。たとえば、今やっているX-MENみたいなものを観ても”すごいね”とは思っても”かっこいいな”とは思わないわけです。

3.舞台となる土地の魅力がドラマをひきたてる
 裕次郎とルリ子が恋に落ちる町なら横浜か神戸か函館か。。。水戸や高崎じゃないよね(該当地の方すみません。決して悪意はないんですよ^^:)。ちなみに私が住んでいる川越でもないでしょうな。しかし、そこに復讐が絡んでくるとやっぱり横浜しかないでしょ。国際犯罪都市!みたいな感じもするじゃないですか。

かくしてこの作品、昔の横浜が舞台ですが、波止場に船が着く場面から始まって、船出とともに終わるところからいきなり素敵です。そして、裕次郎とルリ子が出会う場末の安ホテルの風情とか、中華街のざわついた食堂や波止場のイタリアレストランとか。素晴らしく雰囲気があってかっこいいですよ。

4.映像にこだわりがあって世界観がばっちり伝わってくる
そのイタリアレストランですがね。開け放たれた窓を海風が抜けてカーテンがふわぁっとはためくんですよ。旧知のイタリア人マスター(この人片腕なんですね)にせがまれて、裕次郎が店のグランドピアノを弾きながら歌いますね。グランドピアノの上には当然ダブルのウィスキーグラスが置いてあります。たまたま居合わせた外人客も裕次郎の歌声に聞きほれている。そして浅丘ルリ子が微笑みながら見つめてるわけです。ほらー、かっこいいでしょ。こんな映像をワイドスクリーンでバーンと見せられたら”かっこいい”としか言えませんよね。

江崎監督は絵作りにかなりこだわりのある人のようで、特に日活スコープ(ワイド)の幅の広さを使うのがすごくうまい。たとえば、裕次郎とルリ子のツーショットがあるでしょ。画面の中央にはおかず右端に二人を置く。左はずーっと屋外レストランの奥行きを見せてるわけです。テーブルと椅子が奥まで並んでてね。すごく良い。画面全部を使って主役二人を引き立ててる感じ。二人が投宿しているホテルのシーンもそうです、二階の廊下が外廊下になっていて、ロビーから手すりと廊下が見える。スクリーンの端から端まで外廊下が伸びているわけです。その廊下を裕次郎がうつむきかげんに歩いていくとね、反対の端に浅丘ルリ子が立っていたりするわけですね。ぞくぞくきますね。

他にも”かっこいい”と思う要素はいろいろあると思いますが、パット思い浮かぶのはこんな感じかな。人によっても違うとは思いますけどね。

で、結論は、この映画どこからみてもかっこいい!★★★★★

帰らざる波止場
帰らざる波止場江崎実生 石原裕次郎

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2006年09月10日

錆びたナイフ 1958年/日本【DVD#110】

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監督:舛田利雄/製作:水の江滝子
原作:石原慎太郎/脚本:石原慎太郎/舛田利雄
撮影:高村倉太郎/美術:松山崇/編集:辻井正則
音楽:佐藤勝/助監督:河辺和夫
 
出演:石原裕次郎/小林旭/宍戸錠/北原三枝/白木マリ/安井昌二/河上信夫/高原駿雄/杉浦直樹


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日活アクションのレビュー、3本目にして本丸・石原裕次郎作品にたどり着きました。今回はフィルムセンターではなく、DVDです(ホントはスクリーンで見たかった)。石原裕次郎・小林旭・宍戸錠という日活アクションスター夢の共演。当然、贔屓の宍戸錠にもかなりの期待。

ところが・・・、あっけなく死んでしまいましたね、宍戸錠。登場後10分もたたずにすんなりと悪党の手に落ちて轢死・泣。”エースのジョー”と呼ばれて主役をはるようになるのは60年代以降ですから、この頃(1958年)はまだまだ下っ端のやられ役ということのようです。

それに比べて日活ニューフェイスの第三期で宍戸錠より2年後輩の小林旭は堂々の準主役。役者としての育てられ方に違いがあるようですね。イキが良くて無鉄砲な裕次郎扮する橘の弟分・寺田役ですが、悪党に脅されて震え上がる演技もなかなかです。

さて、日活アクション映画の花・石原裕次郎が扮するのはバーのマスター橘。世間から身を潜めて暮らしています。というのも5年前、橘の恋人を暴行し死に至らしめたチンピラを刺し殺して刑務所暮らしをしていたから。出所してからも世間の目は前科者に冷たいのです。

過去のことを忘れて生きようとする橘ですが、同じく5年前に目撃した市会議員殺しの証言をめぐって検事と暴力団が彼の元に現れ、意外なところで恋人の暴行事件へとつながっていき、悪の黒幕との対決へと展開していきます。

石原裕次郎が演じる橘は、結構複雑なキャラクター設定。カッとすると人殺しも辞さない激しやすい性格。今は過去を捨ててクールに生きているかと思いきや、実は思い出を忘れられずもだえ苦しんでいます。素行をたしなめた寺田(小林旭)に逆ギレされて言い込められ、ヨレヨレになるようなもろいところも見せます。

でも、こういう”悩めるヒーロー”を石原裕次郎が演じると独特の重量感があって絵になりますね。カウンターで自棄酒を飲む裕次郎のなんとさまになることか。真相が明らかになるにつれ、徐々に強さを取り戻していくあたりはかなり引き込まれるものがありました。アクションのかっこよさや容姿だけが裕次郎人気を支えていたわけではないようです。

ラストシーンで歩み去る裕次郎と小走りに追いかけていく北原三枝のツーショットが印象的で心に残りました。晩年の闘病生活を支えるまき子夫人(北原)の姿に写真集などで触れているとなおさらですね。★★★★☆

錆びたナイフ
錆びたナイフ舛田利雄 石原慎太郎 石原裕次郎

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2006年09月03日

拳銃無頼帖 抜き射ちの竜 1960年/日本【映画館#12】

kakagi.jpg
  監督:野口博志
  企画:浅田健三
  原作:城戸礼
  脚本:山崎巌
  損影:永塚一栄
  美術:大鶴泰弘
  音楽:山本直純
  出演:赤木圭一郎/浅丘ルリ子/
  宍戸錠/香月美奈子
  沢本忠雄/二本柳寛/
  西村晃/藤村有弘/
  菅井一郎


時間が出来たときに、プログラムを確認せずフィルムセンターに行くというのが結構面白くて今回が3回目。かかっていたのは、日活第三の男、赤木圭一郎の拳銃無頼帖シリーズ”抜き射ちの竜”。

抗争中の暴力団組長宮地と”抜き射ちの竜”こと剣崎竜二(赤木圭一郎)が、拳銃を握って夜の資材置き場で向き合っている。じりじりと距離を詰める。苦しそうな息遣いが聞こえるが理由はわからない。死角から狙う宮地組幹部に間一髪で気づき、一瞬の早撃ちで幹部と組長宮地を射ち倒す。幹部の手から落ちたライフルが地面で暴発する。敵を倒した竜二もその場に倒れて苦しみだす。ここで竜二が麻薬に犯されていることがわかる。

この冒頭のシーンがかなり良くて、余裕の宮地組長と苦しげな竜二の表情のカットバックと背景の資材置き場の風情がばっちり記憶に残る。”へえ、ヨーロッパ映画にも全然負けてないじゃない”と思わず感心してしまう。

竜二はこの後、拾われた恩を返すために中国人ギャング団のボス楊(西村晃)に雇われる。赤木圭一郎と楊の片腕”コルトの銀”こと宍戸錠が微妙なライバル関係を保ちながら、最終的に楊の組織と対立していく様子が描かれ、そこにヒロイン浅丘ルリ子が絡んでくる。

が、はっきり言ってストーリーは他愛ないし、台詞が棒読みだったり演技もわざとらしかったり。今の時代から見て映画全体の完成度はそんなに高くないと思う。

それでも、登場人物の魅力(というかかっこよさ)がそんな未熟な部分をカバーして余りある。特に、宍戸錠が演じる”コルトの銀”はすこぶるかっこいい。クールな殺し屋でありながら男気があり自分の流儀は曲げない。顔全体がつりあがるような独特の笑い方をするが、ソフト帽にロングコートという姿とその笑い顔がめちゃくちゃ似合う。

赤木圭一郎に殴られても、笑顔を絶やさず、

「俺の顔に色をつけた奴はこれまでに3人いる。前の二人は墓の下におねんねしているぜ」

なんて台詞をなんのてらいもなく吐くあたりでは、なんか見ていてゾクゾクするものを感じてしまう。そう思ったのは自分だけではないらしく、隣に座っていたおじさんが小さく手をたたいていたのには思わず笑ってしまった。

こういう絵に描いたようなキャラクターを、役者が臆面もなく演じる単純明快さが日活ヒーローアクションの魅力なのだろう。宍戸錠は今回の作品ですっかりお気に入りになってしまった。当時夢中になって石原裕次郎や小林旭、宍戸錠などを追いかけていた観客の気持ちに近づいてきたようだ。

宍戸錠の話しばかりになってしまったが、”第三の男”赤木圭一郎も当然のごとくカッコいい。ちなみに、この作品の公開は1960年の2月14日。ちょうど一年後の1961年2月14日に赤木圭一郎はゴーカートの事故で亡くなってしまった。生きていればもっともっといい作品を残しただろうに、惜しいことをしたものである。★★★★☆

拳銃無頼帖 抜き打ちの竜
拳銃無頼帖 抜き打ちの竜山崎巌 野口博志 赤木圭一郎

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2006年08月17日

河内ぞろ どけち虫 1964年/日本【映画館#10】

監督:舛田利雄 / 企画:高木雅行 / 原作:今東光 / 脚本:笠原良三 /
撮影:萩原憲治 / 美術:千葉和彦 / 音楽:伊部晴美
 
出演: 宍戸錠/川地民夫/山内賢/伊藤雄之助/南田洋子/笠置シヅ子/安田(大楠)道代/上田吉二郎/谷村昌彦/神戸瓢介


すっぽりと時間ができたので、フィルムセンターに寄ってみた。今回は日本映画ということ以外なにがかかっているのか確認していない。

到着すると、開演20分前にも関わらず1階ロビーは無人・・・。はずれかと思いつつ、上映作品を確認すると、舛田利雄監督の「河内ぞろ どけち虫」・・・。上映テーマは”日活アクション映画の世界”。

この映画よく知らないが、”原作:今東光”といえば「悪名」シリーズ。なるほど、この作品も一本筋の通った極道のドラマに違いない。と思って観たら、とんでもない。はじめから終わりまで正真正銘の喜劇だった。

戦後まもなくの大阪河内。主人公は、どけち百姓文吾の長男仁助(宍戸錠)、次男多度吉(川地民夫)、三男永三(山内賢)の三兄弟。タイトルの”河内ぞろ”は、文吾が妻千代(笠置シヅ子)に言い放った「金にもならん男ばっかり生みよって、ぞろ目じゃあるまいし・怒」の一言から。

三人が三人とも我が強くてどけち。顔をあわせるとすぐいがみ合うが、兄弟以外の敵には即座に一致団結するという憎めないキャラクター。三兄弟はそれぞれ、ばくち打ちの親分、地元やくざの頭、船員崩れの暴れん坊と実にそれらしく成長し、父文吾の葬式早々財産相続をめぐって喧嘩をはじめる。

これに、仁助の縄張りを荒らす組長”はじきの林蔵”(また、このネーミングがなんとも・・笑)がからみ、アクションも存分に楽しめる、ハイテンポなコメディに出来上がっている。

個人的に大阪出身のため、河内弁でまくし立てる喧嘩のシーンはきわめてなじみ良い。おまけに、兄弟それぞれがこれっぽっちも我を曲げない曲者ぞろいのため、何気ない一言でもあっという間に喧嘩にエスカレートする、このテンポのよさがこの作品の命。

どんどんヒートアップする三人の喧嘩とそれを周りでワクワクしながら観ている近所の野次馬たちの様子もいかにも大阪らしく、「もーたまらんわ」と言う感じ。谷村昌彦扮するとぼけた子分(権三郎)と宍戸錠の掛け合いもこれぞ大阪弁と言う間の良さで笑わせてくれる。

前に”岸和田少年愚連隊”を観たときも、同じようなもーたまらん感を感じたが、やはりDNAレベルで染み込んでくる心地よさがあるらしい。

物語の様子がわかってきてからというもの、スクリーンを見ながらニコニコと一人大喜びだった。館内からも、ところどころで笑い声が起こり、これぞ”活劇”という風情。いいなぁ。

最近、映画を観ながら”技術”とか”演出”とかいろいろと難しいことを考えがちなのだけれど(勉強ですからね)、それはそれで良いとして、ごく単純に「映画を観ておもしろい、楽しい」というのはこういう感じなんだなぁと改めて気がついた。

本作は、日活アクションの中でも”異色”と言われる作品らしいので、他の作品はまた趣が違うとは思うが、娯楽映画として日活アクションが人気だった理由は十分に伝わってくる作品だった。良かった良かった・笑・笑・大笑。

★★★★☆


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2006年01月30日

#0051『生きる』黒澤明監督 1952年日本

ikiru.jpg監督: 黒澤明 Kurosawa Akira
製作: 本木荘二郎
脚本: 黒澤明 Kurosawa Akira
    橋本忍
    小国英雄
撮影: 中井朝一
美術: 松山崇
編集: 岩下広一
音楽: 早坂文雄
 
出演: 志村喬 渡辺勘治
    日守新一 市民課課長・木村
    田中春男 市民課課長・坂井
    千秋実 市民課課長・野口
    小田切みき 小田切とよ


あらすじ
市役所の市民課長を務める渡辺勘治は胃癌であることを知る。余命半年の人生を振り返り、自分の生きてきた証と言えるものが何もないことに気付き愕然とする渡辺。生きることの意味を求めて歓楽街を彷徨うが救いは得られない。そんな時に町で彼の部下とよに出会う。彼女は何もしない役所の仕事に耐えられず職を変えると言う。渡辺は彼女を通して生きることの意味を見つけようとするが・・。

みどころ
題名通り”生きる”ということがなんなのか、否応なく考えさせられます。助役が葬式で手柄を自分のものにしようと一席ぶつ場面がありますが、渡辺を慕う町の住人達が無言で焼香し涙を流す姿を見て、取り巻きともども絶句しいたたまれなくなって退散してしまいます。

どんなに体裁を取り繕って自分勝手な理屈を並べてみても、何もしない人間は真剣に取り組んでいる人達の輪の中には入れないのです。何かを成し遂げようとしている人たちには彼らの間でしか通じない波動のようなものがありますから、おなじ波動を持たないものとは心を一にすることができません。

そのことに気がついた時に誰もが「よし自分も」と思うものの、ほとんどがいつしか日常生活に埋没していくことになります。

これまでの人生で、どちらの立場にも立つこともありました。輪の中にいる時の充実感も輪の外にいるときのむなしい気持ちも、なにかこう覚えのあるあの気持ちがこの映画から染み出すようににじみ出てくるのを感じます。そういう点で黒澤監督が根源的な人間らしさのようなものをこれだけ見事に描き出していることに感動しました。

個人的には・・・
日本のオールドムービーはほとんど観なかったのですが、最近小津監督の作品をいくつか観ています。で、どうしても比べてしまうのです。小津作品が非常に洗練された形で繊細に人間心理を映し出すのに対して、黒澤作品はなんというのか”生”に近い人間臭さががつーんとぶつかってくるような感じ。”東京物語”の笠智衆と”生きる”の志村喬ですかね。観ているほうも受け止める体力がいるのですが、これが結構心地よいんですよね。黒澤現代劇(時代劇も)もっと観てみようと思います。

今回のレビューは妙に力が入ってしまいました・笑

おすすめ度
やっぱり、★★★★★

さて、次ですがまたヒッチコックに戻ります。1942年の”逃走迷路”かなり面白いようです^^




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2005年12月15日

#0035『父ありき』小津安二郎監督 1942年/日本

titiariki.jpg監督: 小津安二郎
脚本: 池田忠雄
    柳井隆雄
    小津安二郎
撮影: 厚田雄治
美術監督: 浜田辰雄
衣裳: 斎藤耐三
編集: 浜村義康
音楽: 彩木暁一
演奏: 松竹交響楽団
音響効果: 斎藤六三郎
 
出演: 笠智衆 (堀川周平)
    佐野周二 (良平)
    津田晴彦 (少年時代)
    佐分利信 (黒川保太郎)
    坂本武 (平田真琴)



「しっかりやんなさい。何も悲しいことはないぞ。お父さんはできるだけのことはやった」

金沢で中学教員をする周平は妻をなくし息子良平と二人暮し。修学旅行のボート事故で教え子を亡くした周平は引率教員として責任を感じて辞職し、生まれ故郷の信州に戻る。そこで良平は中学生となり寄宿舎生活を送ることになるが、周平は息子の将来に備えて人生をやり直す決意を固め、一人東京に出て工場づとめを始める。お互いにいつかは一緒に暮らしたいと願う二人だが、良平は仙台の帝大を出て秋田で中学教員となる。成長した良平が東京を訪れ、父子は温泉宿で久々に二人の時間を過ごす・・・。

今まで見た小津映画は4作品(麦秋、お茶漬の味、東京物語、彼岸花)は全部1950年代でしたが、今回はじめて40年代の作品を鑑賞。戦時中の作品です。4作品に共通する”小津様式美”のような特徴とは少し趣が異なるようですが、それでも”ああ、小津映画だ”という満足感には十分浸れます。

笠智衆の父親周平は実にすばらしい。だんだんと距離が離れていく息子に対して、実に淡々と話しかけます。妻が無くなってからずっと二人で暮らしてきた父子ですし、父の細かなしぐさから息子をどれだけ愛しているか十分読み取ることができます。その息子と離れていく時に、むやみに感情を表に出すこと無く、自分の気持ちを押さえて話す父。見事なほどに無表情ですが、無表情ゆえにかえって父の心情が痛いほど伝わってきます。

今まで見てきた作品では家族が一つ屋根の下で住んでいるためにおきる摩擦とかすれ違いとかがテーマになっていましたが、この作品には”家”がありませんね。父親と息子の2ショットは列車の中であったり、駅の食堂であったり、荒れ城の石垣の上であったりします。あるのは父と子の親子の絆だけで一緒に過ごす家はありません。東京を訪れた良平と周平が過ごすのも”家”ではなく温泉宿。再度訪れた良平がはじめて父が暮らす”家”を訪れ一週間を過ごしますが、それも息子の出征によって長くは続くことのないさだめです。

結局この二人は互いに求めながら再び家族として同じ家で一緒に暮らすことがかなわないわけですが、この映画の作られたのが戦時中の、しかもそろそろ戦局が悪化してくる1942年であることを考えると、家族が次々と引き裂かれ、家がどんどん壊れていく中で、ひたすらに家族を求める姿を反戦的に描きたかったんだろうか、などと考えてしまいます。

脇を固める役者も味わい深く、特に同僚の教師平田を演じる坂本武がいいです。無骨な風情ですがなにかこう人としてのやさしさが滲み出していますね。若き日の佐分利信も登場。あまり登場シーンは多くありませんが印象に残る演技を見せてくれます。やっぱりスピーチがうまい(笑)

この作品、DVD-BOX以外はVHSしかないのですが、VHSの画質・音質が非常に悪かったのが残念。雑音がひどくてセリフの聞き取れないところもあり、画質音質には寛容な私もさすがにちょっと閉口しました。DVDはきちんとデジタル処理されているようですね。BOX買っちゃおうかなぁ。

評価は星5つ★★★★★

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2005年12月08日

#0032『彼岸花』小津安二郎監督 1958年日本

higanbana_1.jpg監督: 小津安二郎
製作: 山内静夫
原作: 里見 とん
脚本: 野田高梧、小津安二郎
撮影: 厚田雄春
美術: 浜田辰雄
衣裳: 長島勇治
編集: 浜村義康
音楽: 斎藤高順
 
出演: 佐分利信 (平山渉)
    田中絹代 (平山清子)
    有馬稲子 (平山節子)
    佐田啓二 (谷口正彦)
    桑野みゆき (平山久子)
    笠智衆  (三上周吉)
    浪花千栄子 (佐々木初)
    山本富士子 (佐々木幸子)



「結局子供には負けるよ。思う通りにはいかないものなんだ」


大手企業の常務取締役を勤める平山(佐分利信)は妻と娘二人の4人家族。適齢期を迎えた娘節子の縁談を心配し相手を探したりしているが、ある日突然、谷口(佐田啓二)という若者が訪ねてきて、節子と結婚したいという。自分の知らないところで娘が恋人を見つけ、結婚の意志を固めていたことが面白くない平山は、頑なに娘の結婚に反対し、挙句の果てに式には出ないと言い出すが・・・。

「週に一本、小津安二郎」。まだまだ続きそうですが、今週は前回の”お茶漬の味”から、佐分利信目当てで”彼岸花”にやってきました。開巻するとカラーだったのでちょっとびっくり(笑)。白黒の小津作品しか観たことが無いので違和感があるなぁと思うのもつかの間、冒頭駅員同志の会話のイントネーションに引き込まれてあっという間に小津ワールドへ。

今回のテーマは、結婚をめぐる父と娘のすれ違い。1958年だと私が生まれる少し前ですが、ちょうど戦前から続く家父長制的価値観の切替り時期だったんですね。結婚に対する父娘の価値観が激突。娘の結婚相手は親が決めるのが当然と考えている父は、いい人がいる気配の無い娘を心配し縁談話を取りまとめつつあります。ちょうど並行して、娘がバンドマンと駆け落ちして同棲したために落ち込んでいる三上(笠智衆)の相談に乗ってもいます。

突然「お嬢さんを下さい」と言われ、「この男で本当に幸せになれるのか」という心配と、「自分の知らないところでこんな男と付き合っているなんて許せん」という父親のプライドで憮然たる面持ちの佐分利信。三上の娘のことも頭を掠めたでしょうね。あんな風に不幸になっちゃうんじゃないかとか(この時点でまだ娘の文子本人に会ってませんから)。

この父の気持ちは良くわかります・・・と言いたいところですが、やっぱり現代とは価値観が違うなぁと言うのが正直な感想。私自身、高校生になる娘がいますが可能な限り娘の結婚を想像してみても”本人がいいならそれでいい”という考えしか浮かびません。まあ、相手が犯罪者かなんかでない限りは娘の結婚に反対するという事態にはなりそうもありません。同じく娘を持つ友人などは、「俺の目の黒いうちはめったな相手に嫁にやらない」などと強がっていますが、それは父としての威厳と言うよりも寂しさが原因と言うのが真相のようです。

higanbana_1.jpgなので、平山の気持ちは同じ父親として理解はできますが、”そこまで反対しなくてもなぁ”と節子の肩を持ってしまいます。実際、本作でも周りはほとんどが節子に味方するのですが、そのためにますます平山は頑なになっていきます(これは良くわかる)。このままじゃ解がないぞという袋小路を豪快に突破してくれるのは姪の幸子(山本富士子)。コロコロと良く笑いながら、怒る平山を手玉に取るエネルギーはさすが関西人(ちなみに関西キャラはセリフが長いですね)。

平山も彼女に対しては、なんのてらいも無く正論をはくところが面白く、「親は子供の幸せについていくべきものなんだ。子供が幸せならそれでいいものなんだ」と実の娘節子に対するのとは正反対のことを言っていたりします。幸子は平山の姪ですが、小津作品ではこの”姪”と言うポジションが物語のキャスティングボードを握っていたりするようですが、近からず遠からずの関係が良いのでしょうか。直接利害が衝突しない分、本音が出せると言うことでしょう。


とにかくこの明るい姪幸子のおかげもあり、なんだかんだと言いながらも徐々に態度を軟化させていく平山の風情がまんざらでもなさそうなところが実に微妙な描写でよかったです。やっぱり父親たるものなんだかんだと言っても本当は娘の幸せを一番に願うものですよ。当然ですよ。ということで、自分の娘が嫁に行くときは笑顔でしっかり送ってやろうと心に誓うのでした(笑)

評価は星4つ★★★★☆(佐田啓二が登場するまではちょこっと退屈)


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2005年12月03日

#0028『お茶漬の味』小津安二郎監督 1952年日本【Video#5】

ochazukenoaji_3.jpg
監督: 小津安二郎
製作: 山本武
脚本: 野田高梧
    小津安二郎
撮影: 厚田雄春
美術: 浜田辰雄
衣裳: 斎藤耐三
編集: 浜村義康
音楽: 斎藤一郎
 
出演: 佐分利信   (佐竹茂吉)
    木暮実千代  (妙子)
    鶴田浩二   (岡田登)
    笠智衆    (平山定郎)
    淡島千景   (雨宮アヤ)
    津島恵子   (山内節子)
    三宅邦子   (山内千鶴)
    小園蓉子   (女中ふみ)


「この味なんだ。夫婦はお茶漬の味なんだよ」

佐竹茂吉と妙子夫婦は見合い結婚して7〜8年、女中を雇う裕福な暮らし。取り立てて不仲というわけではないものの微妙なすれ違いをお互い感じながら過ごしている。資産家の娘で物事にはっきりし、行動も洗練された妙子から見ると田舎育ちののんびりした茂吉の鈍感さが気に入らないらしい。ある日、姪の節子に見合い話が持ち上がるが、二人の夫婦仲を間近に見ている節子は見合い結婚に夢を持つことができず、当日見合いをすっぽかしてしまう。このことがきっかけで、佐竹夫婦の感情のすれ違いが表面化し、妙子は家を出てしまうのだが、その間に茂吉の海外赴任の話が持ち上がり・・・。

「週に一本小津安二郎」、三本目は”お茶漬の味”。前回レビューした”東京物語(1953)””麦秋(1951)”の間に入ってくる1952年の作品で、音楽以外同じスタッフですね。三本目にしてなんとなく小津映画のパターンがわかってきた様な気がします。今回の”微妙な不協和音”は夫婦仲。相手のやることがどうも気に入らないという例のあれですね。

生まれ育ちも生活環境も全く異なる他人が結婚して一緒に暮らしていればこういう不満があるほうが当たり前ではあります。が、やっぱり人間は都合良くできているもので自分のやり方や考え方を相手にも求めてしまうわけで、そこに不幸と言えば不幸な状態が生じてしまうことになります。

本作の主人公佐竹茂吉のキャラクターが絶品。会社では社長の覚えもめでたい有能な管理職ですが、長野出身の朴訥でのんびりとした性格で万事につけ”気にしない”タイプ。佐分利信のとぼけた感じの演技に加えて鶴田浩二(こっちもかなりのんびり屋)との掛け合いもあってそのあたりの性格付けが鮮明です。

こういう性格が、妻妙子から見ると”鈍感”と写ってしまうのですが、実は妙子がうそをついて出かけた友人との修善寺旅行などもちゃんと見抜いている。気がついていないのではなく、気がついているけれどそのことで相手に何かを求めない、そういうタイプですね。

上流階級出身の妙子は、友人雨宮アヤが称して”何からなにまで自分の思い通りに行かないと我慢できない”ということなので、「犬食い」の一件で象徴されるとおり「突っ込む妻と受ける(受け流す)夫」という構図になりますね。

序盤我儘ぶりが目立つ妙子ですが、ラストシーンを見ると本来愛情豊かな女性なのではないかと思います。茂吉はパチンコを評して「一人になれるのがいい」と言っていますが、人間関係の中にも一人の時間を求める少し壁のあるタイプでその裏返しが人にも何かを求めないということなのかもしれません。とすると妙子はそんな夫への不満もあるのでしょうね。もっとこっちを向かせたいというかそういう思いが事細かな突っ込みになってしまうのかもしれません(読みすぎ?)

ともあれ、そんな二人が茂吉の海外赴任を機に理解しあうわけですが、普段女中任せで勝手のわからない台所で二人してお茶漬けを作るシーン。紆余曲折の末ようやくたどり着いた相互理解の世界で、お互いを気遣いながらなれない炊事をする場面に思わず涙ぐんでしまいました。

”東京物語”の妻との死別と子供夫婦との関係、”麦秋”の娘の結婚と家族の別れ、そして今回の”お茶漬の味”で、夫婦のすれ違いと相互理解と、小津作品を三本観てきたわけですが、個人的には本作が一番実感できるテーマでした。その分作品のいろんな部分で実生活と照らし合わせて考えさせられ、「なんかいい映画の見方してるなぁ」なんて一人まんぞくしているのでした(笑)


おまけ1
この作品でも結構若々しい笠智衆ですが、今回は戦争中の茂吉の部下で現在はパチンコ店経営者という脇役での出演。シンガポールのことを思い出してしきりに「よかったよかった」としつこいほど繰り返すくだりがほのぼのとしていてとってもいいです。

おまけ2
この映画で超お気に入りは店の看板。とんかつ屋「カロリー軒」とパチンコ屋「甘辛人生教室」。ネーミング最高です。


今回の評価も星5つ★★★★★


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2005年11月26日

#0025『麦秋』小津安二郎監督 1951年日本

”麦秋”
bakusyu_1.jpg
監督: 小津安二郎
製作: 山本武
脚本: 野田高梧
    小津安二郎
撮影: 厚田雄春
美術: 浜田辰雄
衣裳: 斎藤耐三
編集: 浜村義康
音楽: 伊藤宣二
 
出演: 原節子 (間宮紀子)
    笠智衆 (間宮康一)
    淡島千景 (田村アヤ)
    三宅邦子 (間宮史子)
    菅井一郎 (間宮周吉)
    東山千栄子 (間宮しげ)
    杉村春子 (矢部たみ)
    二本柳寛 (矢部謙吉)
    佐野周二 (佐竹宗太郎)


「いけないんじゃないのよ。いかないの。いこうと思ったらいつだっていける。」

間宮家は父周吉、母しげ、長男康一一家4人、長女紀子の7人暮らし。紀子は大企業の専務秘書として働く28才。適齢期にもかかわらず家族の心配をよそに結婚には全く興味がない様子。友達と楽しく毎日を過ごしています。ある日、専務から彼の知人との縁談を持ちかけられたことを契機に家族の期待が盛り上がっていきますが。。

今日また図書館によったので、前回の”東京物語”に続いて小津作品を鑑賞。二作目も原節子と笠智衆が見たくて”麦秋”を選びました。原節子の美しさ(必ずしも美人ではないけど、ほんと”美しい”という感じ)は相変わらずで満足。北鎌倉駅に立つ紀子の後姿なんかため息が出ますね。笠智衆も・・・と思ったら、なんと髪が黒い。顔も張りがあるし。声としゃべり方でようやく笠智衆だとわかる始末。2年後の”東京物語”ではよぼよぼでしたよね?調べてみると、”麦秋”の時が47歳、”東京物語”が49歳。よ・49歳??ですか。で、あの老人ぶりですか。驚きました。。。筋金入りの役者ですねぇ。

小津体験二本目ですが、訴えかけてくるものが普通というか微妙というか、乏しいボキャブラリーで表現するのは難しいのですが、ずいぶん「平凡」なテーマ設定なのだなぁという風に感じてきました。今回は、適齢期の娘の結婚をめぐる家族の期待と不安。本人の決心。娘の結婚で迎える家族のひとつの時代の終わり。どこの家庭にも普通に起こることです。

bakusyu_2.jpg娘の結婚というイベントをめぐって家族一人一人に起きる感情の変化とかが、なんか身近に良くわかるというか。義姉は心配するだろうなぁと思えばするし、兄は怒るだろうなぁと思えば案の定怒るし、母はしょげるだろうと思えばしょげる。そういう意味では、なんのドラマチックさもないのですが、妙に納得できるんですよね。

にもかかわらず、この満足感はどこから来るのだろう。小津解説を読めばきっと理解できると思いますが、その前にもう3本ほど小津作品を見ておきたいところです。解説読むのはそれからでも遅くないですよね。

しかし、今回の家族も前回の”東京物語”の家族も、いい生活してますよね。戦後闇市の時代のはずですが。とはいえ、子供たちの格好とか見てると決して特別なブルジョワではなくごく普通のみなりだし。小津監督意図的に貧しさを描かないようにしてるんですね、きっと。
次の作品もますます楽しみになってきます。

ということで評価は星5つです^^ ★★★★★


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2005年11月23日

#0022『女吸血鬼』/#0023『東海道四谷怪談』中山信夫監督 1959年日本

filmcenter.jpgfilmcenter_2.jpg昨日は本業のきりがよく時間がとれたので京橋の東京国立近代美術館フィルムセンターに行ってきました。話には聞いていたフィルムセンターに足を運ぶのは初めてです。東京メトロ銀座線の京橋駅1番出口を出てすぐ。かなりきれいな施設ですね。1Fのロビーは誰でも入いれて、椅子とテーブルがあってお食事中の方やお昼寝中の方もちらほら。2Fの映写用大ホールは通常の映画館と比べても遜色ありません。


ukigumo_set.jpg7Fの展示スペースも見学。成瀬巳喜男監督の代表作”浮雲(1955年)”のセットが再現されています。この映画はまだ観ていないので感慨ひとしおと言うところまでは行きませんが、それでも直に見るセットは興味深く、しげしげと観察してきました。200円払って常設展示場へ。”展覧会映画遺産”。我が国のシネマ黎明期から戦後の黄金期までの映画の歴史や撮影機材、フィルムの視聴など。「ほう、日活ができたのは1912年か」などと妙にもっともらしく納得したりしながら眺めます。各時代を代表する俳優や監督のゆかりの品なども展示されており、本物ならではの存在感をしばし満喫。結構興奮しますね。それぞれに詳細な説明が添えられているので、とても1時間や2時間では総てを見ることはできません。


映画は1本800円。ただいまの特別上映はエノケンからウルトラマンレオまで手がけた中川信夫監督の生誕100周年記念上映。幅広いジャンルに及ぶ監督の作品の中から本日は怪談特集で、”亡霊怪猫屋敷(1958)””女吸血鬼(1959)””東海道四谷怪談(1959)”の三本。いずれも新東宝です。13時からの”亡霊怪猫屋敷(1958)”は時間の都合がつかずにやむなくパス。15時からの女吸血鬼と19時からの東海道四谷怪談を観ました。

onnakyuketsuki_2.jpg”女吸血鬼”は、ストーリーも演出もメイクもなにもかも昔風というかなんというかで笑っちゃうんですが常設展示で日本映画の歴史を見た後なので、自分自身の目で歴史を検証しているような妙にいい感じ。”うーん、活動写真だなぁ”などと感慨深く鑑賞しました。

ちなみにストーリはというと。。。結婚を控えた伊都子(池内淳子)の誕生パーティーの夜、20年間行方不明だった母美和子(三原葉子)が戻って来ます。しかもその容姿は失踪時のままの若く美しい姿。驚きながらも母の帰還を喜ぶ伊都子ですが、母親は何かに怯えている様子。聞けば彼女は20年にわたって竹中(天地茂)と名乗る男に監禁されていたといいます。時を同じくして町では若い女性が惨殺される事件が続発。実は美和子を誘拐した竹中は、天草司郎に仕えた吸血鬼で、天草の末裔である美和子を取り戻すべく東京まで追ってきているのでした・・。

狙われる美しいヒロイン(池内淳子)、彼女の恋人にして勇敢な主人公(和田桂之助)、不気味な怪人(天地茂)とその手下(和久井勉 他)、余計なことをして状況をややこしくする小悪党まできっちり役者がそろってオールスターですよ。で、お約束の逃げ惑うヒロインや主人公と怪人の一騎打ち、隠れ家もちゃんと爆発。おかしいような懐かしいようないかにもの展開に意外と心地よくニコニコと映画を観ている自分がいました(笑)。

yotsuyakaidan_3.jpg19時からは”東海道四谷怪談”。いまさらストーリーを紹介するまでもないですね。鶴屋南北の名作です。四谷怪談は約10年ごとに映画化されていますが、数ある四谷怪談の中でも最高峰といわれている作品です。こちらは、会社帰りの時間帯ということもありかなりの客入りです。

子供の頃、もう寝なくてはいけない深夜時間帯にこっそりつけたテレビでたまたま怪談を観てしまったこととかありますよね。四谷怪談とか、怪談累が渕 とか、凍りつくほど怖かった記憶があります。その記憶だけでディテールは覚えていないのでかなり楽しみにしていました。まあ、さすがに今はこちらもすれた大人になってますから、昔ほどの恐怖感を感じることはありませんでしたが、その分じっくり中身を観ることができました。


yotsuyakaidan_2.jpg岩が服毒して顔が崩れていくシーンは、そうと知っていても息を飲みます。容貌の変化もそうですが、内気でうじうじしていた岩が伊右衛門の仕打ちを知って見る見る怨念の権化に変身していく様が壮絶です。利欲のあげく妻を謀殺する伊右衛門も、怨念のあげく化けて出るお岩も業が深いです。このドロドロとウェットな人の業の深さが海外のホラーにはない日本の怪談の特徴ですよね。英語字幕が入っていることもあって外人さんが結構多かったのですが、彼らはこのあたりどう感じるんでしょうね。昨今の和製ホラーばやりを観ると案外相通ずるところがあるのかもしれません。


怪談と言えば「ヒュードロドロ」ですが、効果音もすばらしく効いてます。妙にテンポの早い花火のドンドンという音やイラつくような鳥の鳴き声、かちかちかちと何かが鳴る音なんかがなんとも言えない居心地の悪さを増幅します。伊右衛門が悪事を働く場面では特に念入りに効果音が入りますが、直助ほど根っからの悪党ではない伊右衛門の心理的葛藤を浮き彫りにするようで絶妙です。また、伊右衛門がお梅と祝言を挙げた夜、お岩の亡霊に惑わされて梅を切り殺してしまった後、物音にいぶかった舅の喜兵衛が寝室の外から「伊右衛門どの?」と声をかけますが、この声だけ中川監督自身の声なんだそうです。あらかじめ知っていればずいぶん楽しめたのにと思うと残念。また観る機会があればじっくり聞いてみたいと思います。


【作品情報】

onnakyuketsuki_1.jpg"女吸血鬼” 1959年/新東宝
監督: 中川信夫
製作: 大蔵貢
企画: 津田勝二
原作: 橘外男
脚本: 中沢信
     仲津勝義
撮影: 平野好美
美術: 黒沢治安
音楽: 井内久
助監督: 石川義寛
 
出演: 和田桂之助 (大木民夫)
     中村虎彦 (松村重勝)
     三原葉子 (松村美和子)
     池内淳子 (松村伊都子)
     天知茂 (竹中信敬)
     和久井勉 (小人)


yotsuyakaidan_4.jpg”東海道四谷怪談” 1959年/新東宝
監督: 中川信夫
製作: 大蔵貢
企画: 小野沢寛
原作: 鶴屋南北
脚本: 大貫正義
     石川義寛
撮影: 西本正
美術: 黒沢治安
編集: 永田紳
音楽: 渡辺宙明
殺陣: 坂田耕造
助監督: 石川義寛
 
出演: 天知茂 民谷伊右衛門
     若杉嘉津子 (お岩)
     江見俊太郎 (直助)
     北沢典子 (お袖)
     池内淳子 (お梅)
     大友純 (宅悦)
     中村竜三郎 (佐藤与茂七)



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2005年11月18日

#0019『東京物語』小津安二郎監督 1953年日本

tokyomonogatari_3.jpg

監督: 小津安二郎
製作: 山本武
脚本: 野田高梧  小津安二郎
撮影: 厚田雄春
美術: 浜田辰雄
衣裳: 斎藤耐二
編集: 浜村義康
音楽: 斎藤高順
 
出演: 笠智衆  平山周吉
    東山千栄子  妻・とみ
    原節子  二男の嫁・紀子
    杉村春子  長女・金子志げ
    山村聡   長男・平山幸一
    三宅邦子  妻・文子
    香川京子  二女・京子
    大坂志郎  三男・平山敬三

「私ら、ええほうですよ。本当にええほうですよ」

昭和二十八年の尾道。平山周吉ととみの老夫婦が東京にいる子供たちを訪ねるため旅支度中。近所の知り合いとの会話にも久しぶりに子供たちに会えるうれしさがにじみ出ています。東京に住んでいる長男長女と戦死した次男の未亡人紀子を訪ねる夫婦ですが、長男長女はそれそれ仕事と家庭を抱えていそがしく、悪気はないものの十分二人の相手をすることができません。そんな中、唯一紀子だけは親身に二人を気遣い、老夫婦も満足して尾道に帰っていくのですが、帰った早々老母危篤の報せが息子たちに届き・・・・。

今回は、ヒッチコックの海外特派員の予定でしたが、カカトさんのblog”私が観た映画”で”東京の宿”のレビューを見かけたことがきっかけとなり、常々気にはなっていた小津安二郎を観ることになりました。今日は図書館に本を返す予定があったので、視聴コーナーでこの”東京物語”を鑑賞(”東京の宿”はなかったんですよね。残念”)

オールド・ムービーファンといいながら、日本の映画は黒澤明監督少しくらいしか観ていなかったのですが、完全に食わず嫌いでしたね。同時代のアメリカ・ヨーロッパ映画と比べても遜色のないすばらしい作品だと思います。自分が日本人だからでしょうが、作中の風景や心情、出来事がすごく身近に感じられて、その点ではむしろ海外作品よりも心に響いてくるものがあります。

tokyomonogatari_2.jpg本作は、笠智衆と東山千栄子の演じる年老いた夫婦が主人公ですが、東山千栄子の笑顔がとにかくかわいい。苦労がありながら良い人生を歩んできた夫婦という風情が染み渡ってきます。物語は、久しぶりに子供たちに会うために東京を訪れる夫婦が感じる子供たちとの微妙な距離感というか”溝”がテーマですね。決して悪意はないが少し意地悪っぽい長女杉村晴子が好演で、もてなしの和菓子などの小道具をうまく使いながら、息子たちが感じる一種の”親と付き合ううとましさ”が表現されていきます。息子たちから厄介払いをかねて送り出された熱海の温泉宿で起きるアクシデントを経て、一気に老夫婦の居場所がなくなっていきます。お寺の脇に座ってどこに行くか相談する老夫婦の姿が印象的。結局、老母は死んだ次男の妻紀子の家に身を寄せます。そこで紀子から親身に気遣てもらい、そのやさしさが老母を癒していきます。


親と子供の関係ってなんでしょう。尾道に帰った後、一人になった老父笠智衆が原秀子演じる紀子に「実の息子たちよりも、いわば他人のあんたの方がよっぽど私らに優しくしてくれた」といいます。でも、決してこの父は(亡くなった母も)子供たちを恨んでいるのではないと思います。「世の中って、血を分けた子供たちよりも、他人のほうが優しいような冷たいものなのさ」というのがこの作品のメッセージだとは思えないのです。


子供は成長して、自分たちの仕事と家庭を持ち、かつて親が自分たちにしてくれたように、自分の家族を守るために全力で日常を生きていくことになります。劇中で原節子が言うとおり「誰だって自分の生活が一番大切になっていく」んですね。その時、子供たちはもう親の援助を必要としない一人前になっているわけであり、そのことをだれよりも良くわかっているのは子供たちを育ててきた”親自身”であるはずです。だから、たまに会ったのに迷惑がられたり邪険にされたりすると悲しかったり辛かったりはするけれども、だからといって必死で生活している子供たちに文句は言わない。息子たちの生活の邪魔をしないよう、ひっそりと尾道に帰っていきます。このあたりの親の気持ちがね、自分も人の親ですからどうにも泣けてくるのですよ。子供はこうやって親から離れていくんだよ。親の役目はこうやって終わっていくんだよと、そういうことが伝えられているのでしょうか。

tokyomonogatari_1.jpg実の息子たちとの”対比”としての紀子がすばらしいですね。原節子はにこやかな笑顔の中にも時折つらい心情を覗かせつつ絶妙の演技です。紀子の存在により、息子たちと両親の関係がくっきりと浮かび上がります。また、最後にほんの少しだけ老父笠智衆が不満をもらす(この姿がまた人間くさくていいのです)その相手としても重要な位置づけにあります。この紀子が慈愛にあふれた聖人のような完全無欠の存在ではなく、実は日々亡き夫のことを忘れていく自分に罪悪感を感じつつ、一人で生きていくことの不安を感じている生身の女であるというところなど、もう。。。ラストの笠智衆と原節子のシーンは永遠に記憶に残る名面でした。小津安二郎監督に脱帽いたしました。



ozu.jpg今回は本当に泣いてしまったので、
評価は星5つともうひとつ★★★★★+★


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