新ブログ『川越名画座』に引っ越しました。さらに充実した内容で運営していますので、ぜひご訪問ください。

2006年10月08日

ゲームの規則 1939年/フランス【DVD#122】

LA REGLE DU JEU.jpg

”LA REGLE DU JEU”

監督:ジャン・ルノワール/製作:クロード・ルノワール/脚本:ジャン・ルノワール/脚本協力:カルル・コッホ/撮影:ジャン・バシュレ/音楽:ロジェ・デゾルミエール
出演:マルセル・ダリオ/ジャン・ルノワール/ノラ・グレゴール/ローラン・トゥータン/ポーレット・デュボスト/ミラ・パレリ/オデット・タラザク/ジュリアン・カレット/ガストン・モド

詳しい作品情報はこちら
    ⇒allcinema
    ⇒IMDb(英語)


一部ネタバレ

なかなか映画を一本通して見る時間はとれないので、何度かに分けて見ることになってしまいます。本当はあんまり良くないんですよね。ストーリーがわからなくなるし、なんといっても途中で一度画面を閉じてしまうと同じ映画を見ていても感じるものがすごく少なくなってしまいます。

それでも、背に腹は変えられませんから、時間を拾い集めながら映画を観ているのですが、時々そのような事では到底通用しない作品に出くわします。

今回の『ゲームの規則』が、まさにそれ。とにかく登場人物が多く、そこかしこで恋愛ゲームが展開してストーリーも複雑、台詞も多いので、ちょっと間を空けるとすぐにわからなくなってしまいます。ストーリーが本番を迎えるコリニエール館のシーンにたどり着くまでに何回見直したことか。オープニングの"フィガロの結婚”の詩なんか覚えちゃいましたよ。今日ようやく腰を落ち着けて通しで見ることが出来ました。

さて、『素晴らしき放浪者』で大ファンになったルノワール監督。37年の『大いなる幻影』は、思いのほかオーソドックスで美しく、これはこれで良かったのですがやはりちょっとくせ球っぽい作品が見たい。その点、この『ゲームの規則』は楽しめて大満足です。

ゲームの規則の”ゲーム”ってなんでしょう?”規則”の方はいくつか劇中で話題に上ります。大西洋横断飛行成功のインタビューという場で、祝福に駆けつけてこなかったクリスティーヌ(ノラ・グレゴール)に対して、恨みをぶちまけるアンドレ(ローラン・トゥータン)を友人オクターヴ(ルノワール)が「社交界には規則がある」と諭しています。後半でも、一緒に逃げようというクリスティーヌに「屋敷に招いてくれた友人に何も言わずにその妻を連れ出すわけにはいかない」とアンドレは譲りません。ブルジョワ社会の人間関係のルールのことを規則と言ってるのかな。とすると、ゲームとはブルジョワの生活ということでしょうか。

コリニエール館にはブルジョワの面々とその使用人たちの二つの階層社会が出来ているわけですが、ブルジョワ組は狩りに仮装パーティに大騒ぎ。彼らの馬鹿騒ぎをサポートする使用人たちの方がよほどしっかりしているように見えます。そういえば、ブルジョワ組と使用人たちの距離は意外と近いようで、館主ロベール(マルセル・ダリオ)とその召使マルソー(ジュリアン・カレット)の会話などはまるで友人同士のようですね。

大騒ぎの館の中では、同時平行でいくつもの恋愛ゲームが進行しています。クリスティーヌとアンドレ、クリスティーヌの夫ロベールとジュヌヴィエーヌ(ミラ・パレリー)。オクターヴと女中リゼット(ポーレット・デュボスト)、リゼットと召使マルソー・・・・(文字ではとても伝えきれない)。

物語の終盤に向けて、リゼットとその夫シュナンシュール(ガストン・モド)、マルソーの三角関係のドタバタが起こりますが、同じタイミングでブルジョワ側でもクリスティーヌを中心としてアンドレとロベールが争う三角関係が進行しており、そこにオクターヴも加わって館の中は大混乱となっていきます。両方で起きていた入り乱れた男女関係が交差したとき、一気にラストに向けた悲劇が起こり場は一瞬で暗転します。喜劇から悲劇への切り替えも実に見事。

館で起きた悲劇に、ブルジョワたちは意気消沈。なんとか館主ロベールはスキャンダルにならないよう処理しますが、招かれていた軍人たちは「ブルジョワ階級は減っていく。もうすぐ姿を見なくなるぞ」と話しています。こういうドタバタ騒ぎを描きながら、戦前の貴族社会が廃れていくさまを描いていたのかななどと考えてみたりもしました。

などと、もっともらしく書いてみるものの、レビューとしてはとっちらかっちゃって散々ですね(^^;)。まあ、この作品は一度観て面白くてよかったねで片づけられるものではありませんから、たくさん映画を観てからもう一度戻ってくれば、もっといろいろな事が伝わってくるだろうと思います。★★★★★

ゲームの規則
ゲームの規則ジャン・ルノワール マルセル・ダリオ ノラ・グレゴール

紀伊國屋書店 2003-02-22
売り上げランキング : 34029
おすすめ平均star


Amazonで詳しく見る
by G-Tools



にほんブログ村 映画ブログへよろしくお願いします!

アクセス解析
posted by FROST at 03:01| 埼玉 ☁| Comment(4) | TrackBack(2) | OLD:フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月01日

犯罪河岸 1947年/フランス【DVD#119】

Quai Des Orfeveres.jpg

”QUAI DES ORFEVRES”

監督:アンリ・ジョルジュ・クルーゾー
原作:S・A・ステーマン
脚本:アンリ・ジョルジュ・クルーゾー/ジャン・フェリー
 
出演:シュジー・ドレール/ベルナール・ブリエ
シモーヌ・ルナン/シャルル・デュラン/ルイ・ジューヴェ

詳しい作品情報はこちら
    ⇒allcinema
    ⇒IMDb(英語)


『恐怖の報酬』と『悪魔のような女』、二本の映画で大ファンになってしまったクルーゾー監督の刑事物。”刑事コロンボ”は、かなりこの映画の影響受けてますか?詳しくは知りませんが十分ありえそうです。

抜群の歌唱力とお色気で売り出し中の歌手ジェニー(シュジー・ドレール)。伴奏ピアノマンの夫モーリス(ベルナール・ブリエ)とは相思相愛だが困ったことにモーリスはたいそう嫉妬深い。

ただでさえ派手な芸能界で心配毎の多いモーリス。よりによって札付きの女好き・成金興行主ブリニョンが映画出演をエサにジェニーに近づいてくる。うまい話に興味津々のジェニーだが、モーリスはとにかく気に入らない。一度は怒鳴り込んで二人が会うのを阻止したが、ジェニーは実家に帰ると嘘をついて再びブリニョンの自宅へと向かう。ジェニーの残した走り書きから事の次第を感知したモーリスは拳銃を携えてブリニョンの住むアパートへ向かう。しかし彼が到着したとき、すでにブリニョンは頭から血を流して死んでいた。。。。モーリスとジェニーはそれぞれにブリニョン殺しの現場にいたが、お互いにだけは知られたくない。二人の住むアパートの1階で写真屋を営む幼馴染のドーラは二人からそれぞれ話しを聞き。互いに知られないように手助けをする。しかし捜査に動き出した警察は、モーリスとブリニョンがもめていたことを嗅ぎつけ、アントワーヌ刑事(ルイ・ジューヴェ)の執拗な捜査が始まる。

出演者が印象深くていいですね。ジェニー役のシュジー・ドレールはどこかで見たぞと思ったら、ルネ・クレマンの『居酒屋』でマリア・シェルと大乱闘を演じたヴィルジーヌ。ステージ歌手として宣伝用ポートレイトを撮るシーンなどもありますが、この人”20世紀フランスショービジネス”に一番似合う女の顔を描けと言われたら間違いなくこんな顔になるだろうと言うくらい雰囲気がドンピシャ。たれ目でおちょぼ口で長めのあごの感じが良いですねぇ。クルーゾーのお気に入りだったようで他にも出演作がありますね。

モーリスを演じるベルナール・ブリエは、こちらはこちらで風采の上がらない神経質そうな役柄がうますぎる。あんまり表情の変わらない方が嫉妬深い感じが良く伝わるんだなとちょっと発見。そのまんまの芸風でサイコキラーの役とかもいけそうですね。ジェニーとドーラ(シモーヌ・ルナン)という二人の美女に愛される様子が、「え?なんでよ」と思わせて、そのギャップもインパクト強し。

しかし、なんといっても一番は刑事アントワーヌを演じるルイ・ジューヴェ。相変わらずの鋭い顔立ちで刑事役にぴったりですが、『舞踏会の手帖』で見かけたころより多少太り気味。昔の古傷のため動きが多少不自由で、万年寝不足のちょっと疲れた感じがいい味だしてます。

のそっと容疑者のところに現れては質問を連発し、眠い眠いと連呼するあたりは確かにコロンボを連想させるものがありますが、後半モーリスを追い込んで自白を引き出すくだりでは拷問まがいの豪腕ぶりも発揮します。父一人子一人の息子は、占領地から連れ帰ってきた黒人との混血。息子を一人で寝させたくないから夜勤はいやだとぶつぶつ言ったり、子供への愛情たっぷりなヒューマンな部分も見せます。

ストーリー全体としては、あとに作られた例の二作(『恐怖の報酬』と『悪魔のような女』)ほどの切れ味は感じなかったものの、モーリスのアリバイ作りが車を盗まれたことでめちゃくちゃになるくだりなどは結構好きです。芝居が終わるまでに劇場内に戻るはずが、車泥棒のトラブルで計画が狂い、電車でようやく戻ってきたときにはもう芝居が終わる時間。帰る人たちの人ごみを見て一瞬呆然とするモーリスの表情(相変わらず乏しいけど)が良いです。

アントワーヌ刑事が着実に真相に近づいていくところもぐいぐいと引っ張ってくれます。真相に近づくほどアントワーヌが力強く切れ味鋭くなっていく様子は見事。ストーリーテラーとしての冴えは随所に見せてくれますねぇ。

面白い試みは、モーリスがジェニーを疑って詰め寄る場面。練習中のバイオリン奏者たちにアップテンポの曲を弾かせて、わざわざ音量を上げて二人の台詞にかぶせるということをやっていますね。夫婦喧嘩とうるさい音楽ってなんでこうもお互いをひきたてあうんでしょう。イライラ効果を狙っているのだとしたら効果満点。

全体的にかなり楽しめましたが、どちらかというと『恐怖の報酬』と『悪魔のような女』の前に観たかったかな。


情婦マノン探さなきゃ★★★★☆

犯罪河岸
犯罪河岸アンリ・ジョルジュ・クルーゾー ルイ・ジューヴェ ベルナール・ブリエ

ビデオメーカー 2004-10-25
売り上げランキング : 65890

Amazonで詳しく見る
by G-Tools



にほんブログ村 映画ブログへよろしくお願いします!

アクセス解析
posted by FROST at 03:43| 埼玉 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | OLD:フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月29日

アンリエットの巴里祭 1952年/フランス【DVD#118】

La_fete_a_henriette.jpg
 ”LA FETE A HENRIETTE ”

 監督:ジュリアン・デュヴィヴィエ
 脚本:ジュリアン・デュヴィヴィエ/アンリ・ジョルソン
 撮影:ロジェ・ユベール
 音楽:ジョルジュ・オーリック
 
 出演:ダニー・ロバン/ミシェル・オークレール/ミシェル・ルー/
   ヒルデガルド・ネフ/ポーレット・デュボスト/
   ジュリアン・カレット/ジャン・ドビュクール/
   アンリ・クレミュー/ルイ・セニエ



 詳しい作品情報はこちら
    ⇒allcinema
    ⇒IMDb(英語)


劇中劇が巧みだと聞いて、ぜひ見たかった映画です。

映倫にシナリオを却下された二人の脚本家(アンリ・クレミュー、ルイ・セニエ)が新しいストーリーを考えようと四苦八苦。ヒントがないかと新聞を広げてみますが、「自転車を盗んで、8歳の子供をつれた男が逮捕される。動機は自分の自転車が盗まれたから」(!)というような”つまらない”記事しかのっていません。(ちなみにこんなシャレが他にもあって、ダニー・ロバン演じるアンリエットを「スウェーデンから来た女優のイングリッド」と紹介したりデュヴィヴィエ監督遊ぶ気満々。自転車泥棒の記事の次に司教が何とか言ってましたがそれもでしょうかね?)

結局、巴里祭(7月14日)を舞台として、当日が誕生日のアンリエット(ダニー・ロバン)という娘を主人公としたラブ・ロマンスを書くことになります。しかし、ただロマンスを描くだけでは面白くない。いろいろと知恵を絞りますが、この二人は一方がフィルム・ノワール派、もう一人はメロドラマ派と全く好みが違います。結果、シナリオはあっちへ行ったりこっちへ行ったり、それぞれの奥さんとタイプ役の秘書も加わって実に騒々しいドタバタが展開します。

劇中のアンリエットと恋人ロベール(ミシェル・ルウ)、そしてアンリエットにひと目惚れする泥棒モーリス(ミシェル・オークレール)の三人をめぐるラブストーリーは、そのたびにストーリーがゴロンゴロン変わっていくわけで、その様がおかしいやら感心するやら。二つの物語の切り替えのテンポもぽんぽんと調子よく、ジョルジュ・オーリックのリズミカルな音楽もあいまって、観ているこちらの顔も思わずほころんできます。

デュヴィヴィエ監督に対してはどちらかというと悲観的な作品を作るイメージがあったのですが、こんなに楽しい映画も撮るんだなぁと改めてそのセンスの良さに驚かされました。

映像面でも、脚本家の場面は水平に固定されたカメラで正面から撮られた画が多いのに対して、劇中劇の場面は撮影の工夫が盛んです。カメラが傾けられていたり、ローアングルから建物の壁と空を入れてくるくるダンスをするシーンや、ビルの上から巴里祭の人ごみを俯瞰で捉えたり(雨が降って、パッとかさが開く中にひとつだけ白い日傘。。。とか)とずいぶん楽しませてくれます。

ラストシーン、ようやくシナリオがまとまって、二人の脚本家は主演のミシェル・オークレール(本人)にストーリーを説明しますが、それを聞いたオークレールが言った言葉は・・・。ラストも思いっきりひねりが効いておしゃれ。エンド・ロールに手をたたいて喜んだのは初めてでした。ジュリアン・デュヴィヴィエの腕が冴え渡った一本。★★★★☆

アンリエットの巴里祭
アンリエットの巴里祭ジュリアン・デュヴィヴィエ ダニー・ロバン ミシェル・オークレール

アイ・ヴィー・シー 2003-07-25
売り上げランキング : 75746

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


にほんブログ村 映画ブログへよろしくお願いします!

アクセス解析

posted by FROST at 18:22| 埼玉 ☔| Comment(4) | TrackBack(1) | OLD:フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月23日

巴里の屋根の下 1930年/フランス【DVD#115】

SOUS LES TOITS DE PARIS 2.jpg

”SOUS LES TOITS DE PARIS ”

監督:ルネ・クレール
脚本:ルネ・クレール
撮影:ジョルジュ・ペリナール/ジョルジュ・ローレ
音楽:ラウル・モレッティ/アルマン・ベルナール
 
出演:アルベール・プレジャン/ポーラ・イルリ/ガストン・モド/エドモン・T・グレヴィル

詳しい作品情報はこちら
    ⇒allcinema
    ⇒IMDb(英語)


1930年代フランス映画黄金時代の幕開けとなった記念すべき作品。フランス初のトーキー作品でもあります。

30年代のフランス映画の特徴に”リアリズム”というキーワードがあります。同じリアリズムでも、戦後のイタリア映画などでは、ロケを多用した大変現実的な映像が見られますが、いわゆるリアリズム=現実描写という言葉から連想されるのとはちがい、この作品の舞台となるパリの町並みはすべてセットで作られています。美術監督ラザール・メールソンは、この作品で目に映る限りのすべての風景をセットで作り上げました。彼はクレールの「巴里祭」やジャック・フェデー「外人部隊」「女だけの都」など歴史に残る名作の美術も担当しています。

そのメールソンが作ったパリの町並みは実に魅力的です。冒頭のパリの遠景からアルベール(アルベール・プレジャン)が歌う街角にクローズアップされる間、画面に映る街の風情が実に素敵です。よーく見ると建物のサイズが少し小さかったり、壁のラインがちょっと傾いていたりするのですが、不思議とそこになんとも言えない説得力があり、物語の舞台として独特の味わいを生み出しています。

歌う人々の姿越しに向こうのアパートの窓で洗濯ものをパタパタと干している人がいたり、カメラがクレーンにのって上昇していく間に、アパート各階の部屋の奥まで覗けたり。また、天井の煙突から炊事の煙が立ち昇っていたりもします。こういうディテールまで丁寧に作りこまれ、いかにも当時のパリらしい雰囲気が漂います(いや、実物は見たことはないですけどね)。

この時代の映画作りとして、実際に存在する風景・場面でもわざわざセットを組んで撮るということが頻繁に行われたそうです。ほんの少しの建物の線の出し方とか、ロケでは撮影不可能な角度からカメラに絵を収めることで、客観的なリアリティというよりも、監督や脚本家の美的感覚をリアルに表現する、そういう意味でのリアリティを追求した結果の工夫でした。

1930年という時代にこれだけの映画技術が尽くされていたということを考えると、このセットを見るだけでもこの作品を見る価値は十分にあるのではないかと思います。

フランス初のトーキーとしてこの作品を演出するときに、ルネ・クレールは会話・音声をすべてのシーンに盛り込まず、6割方に音声ををつけず音楽などをバックに演技をさせたのですが、その演出が成功していることは疑う余地がありません。このあたり、キネマじゅんぽうさんの記事がとてもわかりやすいのでぜひご参照ください。

「音声なし演出」で特に気に入ったのは、アルベールとルイ(エドモン・T・グレヴィル)にちょっかいを出してきたチンピラの相手をどちらがするかでけんかになってしまうシーン。サイレントのコメディそのものの楽しいシーンです。こういう場面でも舞台となる酒場のセットの精巧さや小道具のしゃれた使い方が、ちょっと奇抜な”サイレント的なトーキー演出”をしっかりとサポートしています。

もうひとつ印象的なのは、アルベールが歌うシャンソンもとても素敵なこと。登場人物の一人が”耳にこびりついて離れん!”と言うとおり、見終わってから1ヶ月たっても忘れられないメロディです。

今まで見たフランス映画でははじめて楽しく見終わった一本でした。(ん?ラストがかわいそう?アルベールにとっては間違いなくあれが一番いい決着でしょう。)

★★★★☆

世界名作映画全集102 巴里の屋根の下
世界名作映画全集102 巴里の屋根の下ルネ・クレール アルベール・プレジャン ポーラ・イルリ

GPミュージアムソフト 2006-05-25
売り上げランキング : 61234

Amazonで詳しく見る
by G-Tools



にほんブログ村 映画ブログへよろしくお願いします!

アクセス解析
posted by FROST at 00:08| 埼玉 ☁| Comment(4) | TrackBack(2) | OLD:フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月20日

禁じられた遊び 1951年/フランス【DVD#113】

Jeux Interdits Fr.jpg

”JEUX INTERDITS”

監督:ルネ・クレマン/製作:ポール・ジョリ
原作:フランソワ・ボワイエ/
脚本:ジャン・オーランシュ/ピエール・ボスト
撮影:ロベール・ジュイヤール
音楽:ナルシソ・イエペス
 
出演:ブリジット・フォッセー/ジョルジュ・プージュリー
シュザンヌ・クールタル/ジャック・マラン

   詳しい作品情報はこちら
    ⇒allcinema
    ⇒IMDb(英語)


ネタバレ気味です

”禁じられた遊び”と言えば、ギターを習っていた者にとっては特別な映画。ナルシソ・イエペスによる主題曲はどれだけ練習したかわかりません。あのメロディが聞こえてきただけで懐かしさがあふれます。

しかし作品の方は、ご多分にもれずはるか昔に一回観ただけで、覚えているのは子役の演技が奇跡的なうまさだったなという驚きと、ラストシーンが悲しかったなぁというそのくらい。さびしいもんです。

今回見直してみてこの作品にはちょっと怖いものを感じましたねぇ。

ルネ・クレマン監督は人間から動物・虫に至るまでこの作品のいたるところに”死”をばら撒いています。それだけ強調されている"死"に対する登場人物の接し方が普通じゃないと言うことがその怖さの原因のようです。

舞台は第二次大戦さなかの1940年、パリ近郊の村。死はそこら辺に日常的に転がっています。パリから非難しようとした一団がドイツ軍戦闘機の攻撃を受けてバタバタと死んでいきます。ポーレット(ブリジット・フォッセー)の両親も機銃掃射を受けて即死。死を理解できないポーレットが斃れた母の頬を小さな手でなでるシーンが悲しい。かわいがっていた犬も死んでしまいます。ルネ・クレマンは死に際に犬が四肢を痙攣させている様子まではっきり撮ってますね。

ポーレットは死んだ犬を抱いてさまよっているうちにミシェル(ジョルジュ・プージュリー)と出会います。ミッシェルは彼女に犬が死んだことを説明し、死んだら穴に埋め、十字架を立てるのだと教えます。

こうして彼女にとって”死”とは”穴に埋めて十字架を立てる”ということとイコールになってしまいますね。死ぬのはかわいそうだと感じるものの、死に敬意を払うべきだというようなことは理解できません。

また、ミシェルもポーレットを喜ばせたいがために、死者を敬い慰める象徴である十字架を次々盗み出そうとします。

暴れ馬にけられたミシェルの兄ジョルジュが死んだとき、ポーレットは「穴に埋めるの?」と聞きます。ミシェルは「よせ、僕の兄さんだぞ」とたしなめますが、それでもやはり兄の遺体を運ぶ霊柩車から十字架を盗みます。

ミシェルは隣家からひよこを盗んできますが、ポーレットに見せたときにはひよこは死んでいます。「うれしいかい?」と聞くミッシェルにポーレットは「うん」と答えます。

子供たちは死の本質を理解しないまま、次々と墓を作って十字架を立てます。清らかに美しい音楽やブリジット・フォッセーのかわいらしさとは裏腹に死の本質を理解しない子供たちの葬式ごっこはやはり怖い。ブリジット・フォッセーの(多分)青い瞳があまりに無邪気すぎて、さらに怖さを増幅します。

ミシェルの両親は当然子供たちのこういう遊びを快く思いません。でも、彼らも"死”について理解し敬意を払っているのか甚だ疑わしい。隣家の妻の墓を汚い石ころだとののしる。墓場で乱闘する。十字架をへし折る。大人たちもやはり死に対してまっとうな態度を示していないようです。

結局、この映画からずっと感じる怖さの根本にあるのは、大人も子供も死というものを正しく取り扱っていないという一種の異常さです。突き詰めると、結局はそういう人間社会における当たり前のことができなくなってしまう戦争というものの恐ろしさということにたどり着きます。

大人たちは、子供の葬式ごっこには違和感を感じるのに、戦争によって自分たちも死に対して無感覚になってしまっていることに気がつかない。そういう大人たちに引き裂かれてしまった二人の姿が哀れです。ラストシーンのミシェルを捜し求めるポーレットの姿は忘れられませんね。

★★★★☆

禁じられた遊び/居酒屋
禁じられた遊び/居酒屋ジョルジュ・オーリック フランソワ・ペリエ ルネ・クレマン

アイ・ヴィー・シー 2005-09-28
売り上げランキング : 83552

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

<500円DVD情報>
ファーストリテイリング版の500円DVDで見ましたが映像はかなりきれいです。
DVD開始早々、画面が真っ黒で主題曲だけが流れますがしばらく置いておくとタイトルロールが始まります(おそらく、映画会社のロゴマークとかの画面を消したんでしょうね)


にほんブログ村 映画ブログへよろしくお願いします!

アクセス解析
posted by FROST at 10:50| 埼玉 ☀| Comment(7) | TrackBack(1) | OLD:フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月19日

悪魔のような女 1955年/フランス【DVD#112】

les_diaboliques.jpg

”LES DIABOLIQUES”

監督:アンリ=ジョルジュ・クルーゾー
原作:ピエール・ボワロー/トーマス・ナルスジャック
脚本:アンリ=ジョルジュ・クルーゾー/ジェローム・ジェロミニ
撮影:アルマン・ティラール/ロベール・ジュイヤール
音楽:ジョルジュ・ヴァン・パリス
出演:シモーヌ・シニョレ/ヴェラ・クルーゾー
   ポール・ムーリス/シャルル・ヴァネル
   ジャン・ブロシャール

   詳しい作品情報はこちら
    ⇒allcinema
    ⇒IMDb(英語)


ちょっとネタバレか

この映画に刺激されてヒッチコックは『サイコ』を作ったらしい。さもありなんの傑作スリラー。ずいぶん前にリメイク版を見たものの全く印象が残っていないのですが、オリジナルはとても素晴らしい作品でした。

最後のどんでん返しが命の作品。ということはそこまで持っていくストーリー構成が重要ということですね。

妻の財産である寄宿学校を経営する傍若無人な男ミッシェル・デュラサール(ポール・ムーリス)。妻クリスティーナ(ヴェラ・クルーゾー)は自分の学校で教師をしています。で、同僚教師ニコール(シモーヌ・シニョレ)とミッシェルは愛人関係。

クリスティーナは夫とニコールの仲を知っているわけですが、ミッシェルに暴力を振るわれたニコールに対して「私にはそこまでしないけど・・・」などと慰めたりします。ニコールの方もクリスティーナをなにくれと励ましており、かなりねじれた人間関係のストーリー。

しかし、妻と愛人が敵同士の立場を超えて手を結んでも仕方がないと思わせるようなミッシェルの非道ぶりのため、見ているほうはそういうねじれも当然ありえるのだなと思いはじめますが・・・、この辺からすでにクルーゾー監督の術中にはまっているわけですね。

ともすればくじけそうになるクリスティーナを励まし勇気づけながら(?)ニコールはミッシェル殺しの準備(アパートのバスタブで水死させる)を進めますが、睡眠薬の入ったウィスキーはクリスティーナが”一人で”ミッシェルに飲ませます。やはり、ミッシェルを殺す勇気がなくて彼の飲もうとするワインを叩き落としたりしますが、相変わらずの傍若無人なミッシェルの態度に最終的にはクリスティーナ自身がウィスキーを注ぐようになります。3杯飲ませますね。彼女も心底から共犯者になった瞬間です。ここは結構気に入ってるシーンで、ミッシェルのひどい言葉に、ついにキレて犯行を決意するクリスティーナをヴェラ・クルーゾーが見事に演じています。

二人は死体を学校のプールに沈めて事故死を装うとするわけですが、アパートの風呂場でミッシェルを殺して車で学校に運ぶまでいろいろアブナイ場面があります。ちょっとハラハラさせられるわけですが、意外と事件の成り行きに無関係なエピソードも多く、このあたりはクルーゾー監督、ご愛嬌というところでしょうか。

その後、プールに捨てた死体を早く発見させたいけれども、自分たちが第一発見者になることは出来ないクリスティーナとニコールのイライラがひとつの見所ではありますが、最終的に死体発見役を子供にやらせるところが本当に恐いですねぇ。

そこまで精神的に追い詰められていたとも見れるし、そもそも平気でそんなことができる非人道的かつ残忍な”悪魔のような女”が二人の本質なんだなぁと思い知らされる場面でもあります。クリスティーナがワインを飲ませるシーンと並んで要のシーンではないでしょうか。

その後は、見つかるはずの死体が見当たらないことから恐怖のテンションがぐぐっと上がっていきます。ドラマの終結に向けて促進剤として現れる元刑事(シャルル・ヴァネル)は、キャラとしてはちょっと食い足りないかも知れませんが、最後の一瞬にその価値が発揮されるのでまあ良しか。

丁寧に積み重ねられた(ちょっと無駄もあるけど)ストーリーを、最後まさにどーんとひっくり返すわけですが、この切れ味は絶対に見るべき名場面です。ミステリーの解決シーンとしての切れ味もさることながら、悪魔のような演技の冴えを見せるシモーヌ・シニョレが一番魅力的なシーンでもありました。

★★★★★

悪魔のような女
悪魔のような女ピエール・ボワロー アンリ・ジョルジュ・クルーゾー シモーヌ・シニョレ

ビデオメーカー 2004-04-23
売り上げランキング : 29175
おすすめ平均star


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

★キープ社から発売されている500円DVDは英語版です。特に重大なトラブルはありませんが、画質は良くないです。

にほんブログ村 映画ブログへよろしくお願いします!

アクセス解析
posted by FROST at 01:07| 埼玉 ☔| Comment(8) | TrackBack(5) | OLD:フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月13日

美女と野獣 1946年/フランス【DVD#111】

LA BELLE ET LA BETE.jpg

監督:ジャン・コクトー
製作:アンドレ・ポールヴェ
原作:ルプラン・ド・ボーモン
脚本:ジャン・コクトー
撮影:アンリ・アルカン
音楽:ジョルジュ・オーリック
 
出演:ジャン・マレー/ジョゼット・デイ/マルセル・アンドレ/ミシェル・オークレール/ミラ・パレリ


   詳しい作品情報はこちら
    ⇒allcinema
    ⇒IMDb(英語)

詩人ジャン・コクトーが描くファンタジー作品。ディズニーアニメでもおなじみの『美女と野獣』ながら、ストーリーにはかなり違いがあります。原作はフランスの”ボーモン夫人”が書いた小説とのことですが、それとも少し違うようですね。

この作品ユニークなキャラクター、ジャン・マレー演じる”アヴナン”が重要な位置づけとなっています。

1946年ですから、特撮技術も限られているし、この物語の世界観を実写で映画化しようというのは結構な冒険だったんじゃないでしょうかね。自分の頭の中の”詩的”イメージをなんとしてでも映像化したいという芸術家としての強いモチベーションがあって実現したのだろうと思えます。

そういうモチベーションの高さが作品の工夫に現れていますねぇ。”野獣”のメイクアップこそ念入りに造形されていますが、城の中の蜀台や本当の心を映す鏡、城とベルの家の間の瞬間移動などはごくごく簡単な仕掛けで映像化されています。それにもかかわらずちょっと不思議で実に美しい独特の映像世界が出来上がっているところがこの作品の魅力です。

およそ思い浮かべることができるものはすべて映像として作り出すことができると言われる現在の技術水準から見ると、この作品でコクトーが見せる映像技術は全く子供だまし同然のレベル。しかし、その画面から漂ってくる映画的雰囲気はまさに詩の世界。人間の想像力とセンスはこんなにすばらしく、偉大な表現者は技術的なハンデなどいくらでも克服することができるのだなぁと改めて感心してしまいます。

原作で野獣は、父の危篤を見舞うために帰宅したベルが約束の一週間を超えても戻ってこないために悲しみのあまり衰弱してしまい、瀕死のところに駆けつけたベルの愛の言葉を聞いて王子の姿に戻ります(ディズニーアニメに比べるとかなり単純なストーリーですね)。おそらくコクトー監督、このくだりにもっと映像詩的なインパクトを出したかったんでしょうね。ベルに求婚するアヴナンというキャラクターを作り出して名優ジャン・マレーをこれに充て、野獣を殺してその財宝を狙うという役どころでラストに絡めてきます。

ジャン・マレーは野獣とアヴナンの一人二役。野獣の呪いが解ける場面では、野獣とアヴナンが絶妙に絡み合って映像的に大変面白く仕上がっています。ジャン・マレーとジョゼット・デイが王子の国に飛び去っていくラストと共に、まさにファンタジーの名場面として記憶に残ります。コクトー監督も満足のいくラストだったんじゃないでしょうかね。

ちなみに、ディズニーアニメ版の悪役ガストンはアヴナンをデフォルメしたキャラクターですね。ガストンの生みの親はコクトーだったとも言えます。

コクトーの詩人魂に敬意を表しつつ★★★★☆※

ジャン・コクトー/美女と野獣
ジャン・コクトー/美女と野獣ジャン・コクトー ミシェル・オークレール ジョルジュ・オーリック

アイ・ヴィー・シー 2005-09-28
売り上げランキング : 83651

Amazonで詳しく見る
by G-Tools



にほんブログ村 映画ブログへよろしくお願いします!

アクセス解析
posted by FROST at 15:32| 埼玉 🌁| Comment(4) | TrackBack(1) | OLD:フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月05日

大いなる幻影 1937年/フランス【DVD#108】

la grande illusion.jpg
   ”LA GRANDE ILLUSION”

監督:ジャン・ルノワール
脚本:ジャン・ルノワール/シャルル・スパーク
撮影:クリスチャン・マトラ/クロード・ルノワール
音楽:ジョセフ・コズマ
 
出演:ジャン・ギャバン/ピエール・フレネー/
エリッヒ・フォン・シュトロハイム/ディタ・パルロ/
ジュリアン・カレット/マルセル・ダリオ/ジャン・ダステ/ガストン・モド

   詳しい作品情報はこちら
    ⇒allcinema
    ⇒IMDb(英語)


ネタバレ気味です

名作でしょうね。しかし、個人的に「素晴らしき放浪者」からルノワール作品に触れたために、あまりの正統派ぶりに”えっ”って感じがしているのも確か。初球にものすごいフォーク見せられて、二球目も変化球に構えてたらど真ん中のストレートで思わず腰が引けて見逃した、ってそんな感じですか。

捕虜収容所でのフランス将校ボアルデュー大尉(ピエール・フレネー)とドイツ将校フォン・ラウフェンシュタイン大尉(エリッヒ・フォン・シュトロハイム)の交流が心に残りますね。

貴族としてお互いに尊敬しあいながらも、脱出を図るボアンデューを阻止しようと、ラウフェンシュタインは彼を拳銃で撃ちます。ベッドに横たわるボアンデューを見舞うラウフェンシュタインの心情が悲しくてね、ボアンデューが亡くなった後に、大事にしていたゼラニウムの花を切るラウフェンシュタインの姿は記憶に残る名シーンだと思います。

1937年といえば、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の「望郷」と同じ年の作品。どちらもジャン・ギャバンが出演していますが、彼の魅力は「望郷」の方に軍配が上がるかなと感じました。ここではやっぱりエリッヒ・フォン・シュトロハイムとピエール・フレネーが全然素晴らしい。

それと、脱出のためのトンネル堀りで彫った土を外に捨てて熊手で地ならしするところや、収容所長が捕虜の脱走歴を読み上げるところなんかは、「大脱走」に影響を与えてるみたいですね。

ただし、脱出手段としてトンネル堀りがど真ん中に描かれていた「大脱走」とちがって、トンネル完成直前に他の収容所に移されてしまって、もう一歩で完成だったトンネルがなんの役にも立たないあたりは、やっぱりフランス映画は一筋縄じゃいかないもんだとおかしくなってしまいました。

★★★★☆

世界名作映画全集117 大いなる幻影
世界名作映画全集117 大いなる幻影ジャン・ルノワール シャルル・スパーク ジャン・ギャバン

GPミュージアムソフト 2006-07-25
売り上げランキング : 42472

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


にほんブログ村 映画ブログへよろしくお願いします!

アクセス解析
posted by FROST at 00:54| 埼玉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | OLD:フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月31日

素晴らしき放浪者 1932年/フランス【DVD#107】

boudu_eaux.jpg
”Boudu sauve des eaux”


監督:ジャン・ルノワール/原作:ルネ・フォーショワ/脚本:ジャン・ルノワール/
撮影:マルセル・リュシアン/音楽:ラファエル/ヨハン・シュトラウス
 
出演:ミシェル・シモン/シャルル・グランバル/マルセル・エイニア/セヴェリーヌ・レルシンスカ/ジャン・ダステ


   詳しい作品情報はこちら
    ⇒allcinema
    ⇒IMDb(英語)


ネタバレですよ

もう10日以上も前に観終っているこの”素晴らしき放浪者”。ずっと書きかけのレビューを抱えたままアップできずにいます。面白くなかったわけじゃなくてですね、あんまり見事なのでどう書いていいものやら・・。

”ミッシェル・シモン演ずる放浪者ブーデュがとにかく素晴らしい。言う事・やる事・容姿・風貌・着ているものまで、すべて気に入った。というのも、自分の中にブーデュをうらやましいと思う気持ちがあるからで、ひょっとしたら(レスタンゴワ氏に代表される)現代人はみんな、多かれ少なかれそんなことを感じるんじゃないか”

と、書きたいことはこの程度なんですが、あまりの作品のおおらかさを前にしてなにを書いても小賢しい感じがして、書いては消し、書いては消し・・・。

最近読んだ、中条省平著「フランス映画史の誘惑」に、ジャン・ルノワールについて「<詩的レアリスム>という狭い美学的基準には到底おさまりきれないスケールの大きな作家」とありますが、本作品を観て全く納得しました。

伸びやかというか大らかというか、時間とか空間とか常識とか、すべてから自由な主人公ブーデュの姿が、なんともいえない幸福感を与えてくれます。

レスタンゴワ家で散々追い掛け回していた女中アンヌ・マリと結婚することになって、結婚式後の川くだりの船上、ミシェル・シモンの顔芸は最高ですよ。「あれれ、なんか変なことになってきたぞ」といわんばかりの困り顔は絶品。おかしさも最高潮です。

レスタンゴワ家ですったもんだの挙句、だんだん文明人化して、さすがの”素晴らしき放浪者”ブーデュもついに年貢の納め時かというときに、あろうことか

”流れてきたはすの花を拾おうと手を伸ばす”
”船が転覆して川に落ちる”
”そのままブーデュはどこかに流れていってしまう”
”流れ着いた先で案山子の服を着込んで、また放浪生活に戻っていく”

・・・・・・て、最高でしょう、これ。

この一連のくだりは、テンポといいリズムといい、今までの映画で観たこともないほどの見事なシーンです。このあたりは、百万言を費やしても映像を観ない限りはほとんどなにも伝わらないと思いますんで、ネタバレを恐れず書いちゃいましたけど。

このシーンから発散する爽快感というか幸福感というかそういうものをきっちり受け取りたいなと、とにかくそう思いました。

なんか、書いてることが支離滅裂ですけどね、とにかくこのシーンだけは見たほうが良いと思いますよ。自分の中の深いところにある願望がゆさぶられてそこから幸せな気分になります。いやぁ、ルノワールってホントにすごいわ。★★★★★

素晴らしき放浪者

素晴らしき放浪者ジャン・ルノワール ミシェル・シモン シャルル・グランバル

ジェネオン エンタテイ

ンメント 2000-02-25
売り上げランキング :
おすすめ平均star


Amazonで詳しく見る

by G-Tools



にほんブログ村 映画ブログへよろしくお願いします!

アクセス解析
posted by FROST at 01:21| 埼玉 ☁| Comment(2) | TrackBack(2) | OLD:フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月19日

にんじん 1932年/フランス【Video#9】

Poil_de_carotte.jpg”Poil de carotte ”

  監督:ジュリアン・デュヴィヴィエ/原作:ジュール・ルナール/
  脚本:ジュリアン・デュヴィヴィエ/
  撮影:アルマン・ティラール/ティラール・モンニオ/
  音楽:アレクサンドル・タシスマン
  出演:ロベール・リナン/アリ・ボール/カトリーヌ・フォントネ/
     コレット・セガル

  詳しい作品情報はこちら
    ⇒allcinema
    ⇒IMDb(英語)

例のごとく暗転していくにんじん(ロベール・リナン)の運命は実に丁寧に描かれている(今回は初めからかなり暗めだが)。

前回レビューした「望郷」と同じく、さまざまな出来事が積み重なってにんじん少年を自殺へと駆り立てていくくだりは、デュヴィヴィエ監督さすがの演出。特に、一度父(アリ・ボール)との交流が芽生えて立ち直ったかに見えたにんじんが父の選挙パティーで再び孤独感を深めていくシーン。にんじんの身なりを見て笑う子供、飴をくれないおばさん、パーティーの混雑でにんじんをドンと突き飛ばさしていく男、忙しいから少し待っていろと言う父親などひとつひとつはどうということもないきっかけが積もり積もっていく様子が計算されつくしたように描かれる。このあたりはやはりたいしたものだ。

開巻15分くらいでルピック家の様子が説明されるが、にんじんの家庭がうまくいっていないことはこの時点から明らか。少年は「家族とは、共感しあえないものが同じ屋根の下で暮らすところ」と言ってはばからない。にんじんは父のことをルピック氏、母(カトリーヌ・フォントネ)のことを奥さんと呼ぶ。

父は全く無口で無関心。母はそんな夫の様子にいつもわめきちらし、特ににんじん少年に対してだけ辛く当たる、長男長女は自分のことしか考えず、末のにんじんはそんな家族の中で顔色を伺いながら生活している。

唯一の理解者は、家族ではなく、新しく雇われた女中アネット。何くれとなくにんじん少年を気にかけ、勇気付けてくれるが、これはにんじん少年をめぐる環境改善には全く役立たない。逆に彼女の存在が母親の意地悪さの引き立て役という感じ。加えて、叔父さんの娘マチルド(コレット・セガル)の可憐さと彼女との結婚ごっこが微笑ましいが、これもやはりにんじんの不幸な家庭環境を強烈に引き立てており、デュヴィヴィエ監督の執拗さに思わず感心してしまう。

にんじんをいじめる母親も、実は愛情に飢えている。夫から愛されなくなった腹いせがにんじんに向かっているというところらしい。馬車のシーンでにんじんの方に手をかけようとする母親とそれを払いのけて馬車を暴走させるにんじん。母親もにんじんに優しくしたい(しなければいけない?)という思いはゼロではないらしい。が、すでにそんな思いも通じないほどにんじんとの間の溝は大きい。

父と息子が家族について語り合うシーンで、父はにんじん少年に「家族には和合と理解が必要だ」と諭す。にんじん少年の「家族は愛し合うべきではないのか?」という質問にも「もちろんだ」と答えるが、だからといって母親ともう一度理解しあうよう努力しようとはさらさら考えていない。「かあさんもかわいそうな女だ」というのみで、母親に関してはなんの解決も与えられず、父と息子の相互理解と息子の救済(一時の?)のみが描かれている。

現実問題で考えても、一度切れてしまった家族の絆がそう簡単に元通りになるわけではなし、そういう意味ではきわめて現実的なシーンだと言えるが、「家族とは、共感しあえないものが同じ屋根の下で暮らすところ」という状況は、少なくとも母親に関する限り何も変わらない。一人ぼっちだったにんじんに父親と言う理解者ができたが、結局母親とは対立していくだけで問題はその後も続くにちがいない。

これが”リアル”ということなのだろうなぁと納得してみるのだが、見かけハッピーエンドのようで全く心が晴れ晴れとしない。その辺監督の狙い通りなのだろうか。

★★★★☆

にんじん【字幕版】
にんじん【字幕版】ジュリアン・デュヴィヴィエ ロベール・リナン

ビデオメーカー 2000-08-25
売り上げランキング :
おすすめ平均star


Amazonで詳しく見る
by G-Tools


※ビデオしか手に入らないようですね。

にほんブログ村 映画ブログへよろしくお願いします!

アクセス解析

posted by FROST at 00:04| 埼玉 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | OLD:フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月18日

望郷 1937年/フランス【DVD#106】

pepe_le_moko.jpg

”Pepe le Moko ”

監督:ジュリアン・デュヴィヴィエ/原作:ロジェ・ダシェルベ/脚本:アンリ・ジャンソン/ロジェ・ダシェルベ
撮影:ジュール・クリュージェ/音楽:ヴィンセント・スコット
出演:ジャン・ギャバン/ミレーユ・バラン/リーヌ・ノロ/リュカ・クリドゥ/ルネ・カール/マルセル・ダリオ/シャルパン/ジルベール・ジル/ガストン・モド

小さい頃、母親の口から”ペペル・モコ”という名前を何度か聞いた覚えがある。”ペペル・モコ”という音の響きが妙に記憶に残っていたのを良く覚えている。その時母はペペル・モコに扮するジャン・ギャバンの魅力を実に楽しそうに話してくれていた(らしい)。母は元来それほどの映画好きではないが、それでも夢中になるくらいこの作品とジャン・ギャバンは魅力たっぷりであったらしい。

この名作も前回観たのはいつだかわからないくらい昔。ギャビー(ミレーユ・バラン)のクローズアップやラストの鉄格子のシーンはおぼろげな記憶にあるものの、ストーリーはほとんど忘れており、かなり新鮮に観直すことができた。

大泥棒ペペル・モコ(ジャン・ギャバン)は、パリ警察の手を逃れてフランス領アルジェのカスバに逃げ込んだ。カスバはアルジェ港を見下ろす丘に広がる城塞都市。入り組んだ町並みがさながら迷路のようで、警察の手は届かない。いまや町の顔役となっているペペル・モコはカスバを拠点に今も悠々と強盗を働いている。

この作品の主役とも言えるカスバの町は入り口の階段や坂道が連なる路地、テラスなどの映像が実に印象的。そして、大泥棒ペペル・モコをがっちり守る要塞都市として鉄壁の頼もしさを見せる。

カスバの町を前にして打つ手なしの警察は、ペペル・モコを町から引っ張り出すべくスパイ・レジス(シャルパン)を使って、一味で一番若いピエロ(ジルベール・ジル)に罠をかける。

警察の動きと同時期にペペル・モコはアルジェ観光に来たギャビーと知り合い、彼女を愛するとともにパリへのノスタルジアに堪えられなくなってくる。

パリに帰るギャビーを追いかけたいが、町を出ると警察が手ぐすねひいて待っている。望郷の念に囚われた彼にとってカスバの町は、いまや牢獄となってしまった。そこから逃れようとするペペル・モコは、前半の意気揚々たる姿と打って変わって、焦り、わめき散らして、坂道を転げるように駆け落ちる。

デュヴィヴィエ監督は、このあたりの運命が徐々に暗転していく様を映像化するのが本当にうまいなぁとしみじみ感じますね。さまざまな人物の思惑が積み重なって悲劇的運命に導かれていく様が見事。中でも、彼の身を案ずるがために必死に引き止めようとする情婦インス(リーヌ・ノロ)は、カスバの町が女の姿になって彼を逃すまいとしているかのよう。彼女自身の心情の痛々しさが鮮明に描かれるほどに、ペペル・モコの逃れられない運命も際立ってくるような、そんな手際の素晴らしさに感心いたしました。


詳しい作品情報はこちら
    ⇒allcinema
    ⇒IMDb(英語)



★★★★★

望郷
望郷ジャン・ギャバン

ビデオメーカー 2005-06-17
売り上げランキング : 14268
おすすめ平均star


Amazonで詳しく見る
by G-Tools

※上記コズミックの500円DVDで観ましたが、画質・音声・字幕など特にトラブルありません。


にほんブログ村 映画ブログへよろしくお願いします!

アクセス解析
posted by FROST at 10:58| 埼玉 ☁| Comment(7) | TrackBack(2) | OLD:フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月14日

恐怖の報酬 1953年/フランス【DVD#105】

LE SALAIRE DE LA PEUR.jpg

”LE SALAIRE DE LA PEUR ”

監督: アンリ=ジョルジュ・クルーゾー
原作: ジョルジュ・アルノー
脚本: アンリ=ジョルジュ・クルーゾー
撮影: アルマン・ティラール
音楽: ジョルジュ・オーリック

出演: イヴ・モンタン/ シャルル・ヴァネル/ペーター・ヴァン・アイク/フォルコ・ルリ/ヴェラ・クルーゾー

詳しい作品情報はこちら
    ⇒allcinema
    ⇒IMDb(英語)



ネタバレ気味です。

2時間半に及ぶ長時間作品にもかかわらず、緊張の連続であっというまに時間が過ぎてしまった。 こういう”体感型サスペンス”(変な言い方だけど)映画もフランス人がつくるとずいぶん趣が違うもんだなぁと感心した。

前半のつくりがとっても重要ですね。

舞台は、メキシコに近いうらぶれた町。 主人公のマリオ(イブ・モンタン)たちはこの町に流れ着いたよそ者。金も希望もない。 町を出たいが、そのためには稼がなければならない。 しかし、町に仕事はない。

「入る事は簡単だが、出ることはできない監獄のような町」

とマリオが言うとおり。まさに吹き溜まりである。 出て行きたくてもなすすべもない男たちは酒場にたむろし、亭主ともめたり、痰を吐き散らしたり、犬に石を投げつけたりする。 中米あたりの酷い暑さと男たちのイライラがスクリーンに充満してむせ返りそうな気分になる。

オープニングのひもに結び付けられた虫のショットは、この町にからめとられてあがく男たちの暗示であったかと妙に納得したりする。 この町の閉塞感がひとつの大事な要素であることは間違いない。

そういう町にジョー(シャルル・ヴァネル)という男が現れる。実はタクシー代も払えないくらい素寒貧で、早い話が他の煮詰まった男たちとなんら変わりはない。だが、どこか大物の風情で、同じパリ出身ということもあり、あっという間にマリオと意気投合する。

それまで、炊事に洗濯にと甲斐甲斐しくマリオの世話をしていたルイージ( フォルコ・ルリ)は、当然のごとく面白くない。ジョーのことが気に入らない。このあたり、男同士の三角関係が微妙である。

ルイージとジョーは酒場でついに正面から対決するが、ジョーの貫禄勝ち。ここで、マリオとジョー、ルイージを中心 とする人間関係が定義される。大物のジョー、崇拝者のマリオ。ジョーに屈したルイージ。この人間関係が二つ目の重要要素か。

前半の1時間にわたる丁寧な作りこみで、町の閉塞感と人間関係が鮮明になり、同じくテーマがはっきりしてくる。すなわち、このどん詰まりの町から脱出できるかどうか。 つまり、抜き差しならないほど行き詰ってしまった人生から、果たして脱出することは可能なのかということである。

で、その脱出のためのツールとして後半提供されるのがボロトラックによるニトロ運搬。できすぎでしょう。

どん詰まりから脱出するための危険極まりない賭け。当然、マリオたちは命を賭ける。そもそも半端じゃない。しかもその上、いかにも頼りになりそうだったジョーが実は腰抜けだったため、マリオのテンパリ方は尋常じゃない。あとはもう、、、サスペンスの洪水ですよ。お見事。

石油の沼でのマリオの鬼気迫る顔とか、立小便仲間に入れてもらえないジョーの哀れさとか、忘れられないなあ。マリオ、ジョー、ルイージそれぞれがたどる運命はいかにもフランス映画っぽくて、やっぱりこういうのがフランス流の決着のつけ方なのだなぁと妙に納得してしまった。

★★★★★

恐怖の報酬
恐怖の報酬アンリ・ジョルジュ・クルーゾー オーリック イヴ・モンタン

ビデオメーカー 2002-04-26
売り上げランキング : 19767
おすすめ平均star


Amazonで詳しく見る
by G-Tools



にほんブログ村 映画ブログへよろしくお願いします!

アクセス解析
posted by FROST at 01:17| 埼玉 ☁| Comment(3) | TrackBack(2) | OLD:フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月05日

#0087『裁かるゝジャンヌ』カール・T・ドライヤー 1928年フランス

Jeanne_d'Arc.jpg


”LA PASSION DE JEANNE D'ARC”

監督: カール・テオドール・ドライヤー
脚本: ジョゼフ・デルテーユ、カール・テオドール・ドライヤー
撮影: ルドルフ・マテ
 
出演: ルイーズ・ルネ・ファルコネッティ/ウジェーヌ・シルバン/アントナン・アルトー


詳しい作品情報はこちら
allcinemaIMDb(英語)


世の中にはなんという映画を作る人がいるのだろう。

ドナルド・リチーの「映画のどこをどう読むか」でレビューを読んで以来、どうしても観たかった一本。7月は、「イワン雷帝」「新学期・操行ゼロ」「デルス・ウザーラ」「ゲームの規則」と観たかった映画をことごとく逃し(涙)、映画の神様に見捨てられたなぁとしょぼくれていたのだけれども、最後に一本だけ願いがかなえられた。DVDだけど大満足。

完全なフィルムは存在しないと言われていた本作だが、1984年にノルウェーでデンマーク語字幕の完全版ポジフィルムが発見されたという。ことの経緯は追記にメモしたので興味のある方は<続きを読む>からどうぞ。

さて、作品は良く知られているジャンヌ・ダルク(ルネ・ファルコネッティ)の異端審問をリアルに描いたもの。この”リアル”さを追求するために、ドライヤーは余計なものをすべてそぎ落としてしまう。

”余計なもの”のそぎ落とし方が尋常ではない。サイレント映画とはいえ伴奏音楽などもない全くの無音。挿入台詞も最小限。舞台となるルーアンの町の全景をセットで作ったにも関わらず見せない。異端審問のシーンでは審問場のセットも全体は写らず、どの程度の広さでどのくらいの人数がその中にいるのかも観客にはわからない。リチーによると、登場人物の誰と誰がどんな関係にあるかも全くわからないように目線まで計算されているという。画面のほとんどは顔のクローズアップ。しかも、画面の端は黒くマスクがかかり、観客はのぞき穴から審問の様子をのぞいているような感じという徹底振り。

”必要なものしか写らない”スクリーンでノーメイクの役者たちの表情は極めてリアルで息苦しいほどだが、その上表情が変わる。。。のだ。JEANNE D'ARC.jpg

人間なのだから表情が変わるのは当たり前なのだが、審問官の表情が侮蔑から狼狽そして怒りへ、ジャンヌの表情が恐れから恍惚そして落胆へ。つなぎのないワンショットの中でぐぐぐーっと見事に表情が変わっていく。画面から迫ってくる迫力に思わず息を詰めて見つめてしまう。

なんせ、顔以外は写らないのだから役者は表情の変化だけですべてをカバーしなければいけない。要求するドライヤーもすごいが、演じきるファルコネッティもすごい。彼女はもともと舞台俳優で、映画に出演したのは”裁かるゝジャンヌ”一本きりらしい。まさに”一本入魂”の演技は鬼気迫るなどというありきたりの言い回しではとても表現できない。

徹底的に俗物として描かれる審問官の下卑た表情とたった一人で俗な権力に立ち向かうジャンヌの敬虔さの対比は、主人公ジャンヌに対する強烈な感情移入を呼び起こす。映画の中盤に差し掛かる頃には結末はわかっているにもかかわらず、異端審問の行方を案じてこちらの顔も苦悩にゆがみ、手に汗握る。

そうやって限界まで没入した状態で迎えるクライマックスのジャンヌ処刑シーンは、もうね、これは絶対一生忘れないに違いない。

覚悟を決めたジャンヌ。それでも死の恐れから逃れることは出来ず、思わず”せめて苦痛を与えないで下さい”と祈るその一言。最後の救いである十字架。火がつけられて焼け死んでいくジャンヌの姿はこれでもかというほど克明に描写され、1シーン1シーンごりごりと心の中に刷り込まれていく。

こんな映画は二つとない。まさにサイレントの奇跡。というか映画の奇跡。

これを観ずしてなんとする!★★★★★

裁かるゝジャンヌ クリティカル・エディション
裁かるゝジャンヌ クリティカル・エディションカール・TH・ドライヤー ルイーズ・ルネ・ファルコネッティ ウジェーヌ・シルバン

紀伊國屋書店 2005-08-27
売り上げランキング : 11896
おすすめ平均star


Amazonで詳しく見る
by G-Tools


にほんブログ村 映画ブログへよろしくお願いします!続きを読む
posted by FROST at 00:31| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | OLD:フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月29日

#0086『ガラスの墓標』 1970年フランス

cannabis.jpg


   ”CANNABIS”

   監督: ピエール・コラルニック
   出演: セルジュ・ゲンズブール
        ジェーン・バーキン

   詳しい作品情報はこちら
    ⇒allcinema
    ⇒IMDb(英語)


ネタバレです

セルジュ・ゲンズブールを一度観てみたかった。この作品を観た動機。

原題は「Cannabis」。フランス語で大麻のことらしい。ただし、麻薬の映画ではなく”愛とアクションの映画である”と最初に断り書きが入る 。

1970年の作品なので、ゲンズブールとバーキンが出会った二年後。一番いい頃でしょうか。ゲンズブール42歳、バーキン22歳ということらしい。

そのゲンズブールは、なんかヨレヨレで眠そうで無精ひげである。どの写真を見てもそうだが、この作品の役柄もそのまんまだった。毛皮のコートが怪しげだ。彼の音楽も特に意識して聞いたことはなく、スチル写真とバイオグラフィ以外でははじめて接するゲンズブールだが、彼の魅力を少しでも理解することができるだろうか。

この映画は三角関係の物語。若い男と中年の男、そして女が一人。三角関係の中心にいるのは若い男でも女でもなく、中年男のゲンズブールである。

彼が演じるのは、ロシア人の殺し屋セルジュ。デトロイトの組織で若いポール(ポール・ニコラス)と組んで仕事をしている。冒頭は、二人が殺し現場の後始末をしているシーン。あたりに転がる女の死体のシュールさが際立っている。転がっている若い女の死体をソファに座らせるようポールに指示するセルジュ。これはやさしさか?

ゲンズブールは、取引関係にあるフランスマフィアの手助けをするためにパリに送り込まれるが、空港についたとたんに敵対組織に拉致され重傷を負う。なんとか敵から逃れてパリ郊外にたどり着き、意識朦朧とするセルジュを大使令嬢のジェーン(ジェーン・バーキン)が助ける。二人は、いきさつをほとんど省いていきなり恋仲になる。が、そんないきさつはこの際どうでもよい。彼女の家で愛し合うセルジュとジェーンの姿が艶っぽくて良い。それで十分である。

ポールはセルジュの負傷を聞きつけてパリにやってくる。着いてみると、兄貴分のセルジュはジェーンにべったりである。二人はホモセクシュアルな関係ではなさそうだが、幼いところのあるポールはいたたまれないような嫉妬心にさいなまれる。うまく自己表現のできず、床をぐるぐる転げ回ったりして嫉妬心をあらわにする。バーキンに対しても露骨に邪険な態度に出る。

しかし、ワンシーンだけ、麻薬窟に潜入したセルジュの身を案ずるジェーンをポールがいたわルシーンがある。心配そうなジェーンの後ろに立つポールが彼女に深呼吸をさせる。不安定なポールの心理を知っているだけに、肩越しに並ぶジェーンとポールの顔が妙にスリリングで印象的な場面だ。同じ中年男を慕う若い男女のツーショットは同時に、二人から慕われるセルジュの存在を強く意識させる。

ゲンズブールは作中で自分について「世の中のすべてに退屈している」と言っている。また、ポールは、セルジュのことを「何にも興味を示さず夢を見るように生きてきた。」人間だと言う。劇中のセルジュだけではなく本物のゲンズブールのことも言っているのだろうか。

この虚無的かつ刹那的な感じがゲンズブールの魅力なのだろうか?

SG&JB.jpg


バーキンは振り向いてニッコリ笑う風情がなんともいえず魅力的である。この映画の中ではひたすらゲンズブールに対して従順である。 ゲンズブールを心配し、気遣い言われるとおりにして、抱かれる。やきもちポールに怒鳴られたりののしられても言い返すでもない。これはひょっとして無償の愛というやつか。

やさしさを秘めつつ虚無的に生きる男。ゲンズブールの魅力はそういうことか?

いやいや、これはこの映画の主人公”セルジュ”の魅力であってゲンズブールの魅力は違うところにあるらしい。

この映画、役はほぼ実名だし、わざわざ冒頭で愛の映画だと断ってるし、ゲンズブールとバーキンの熱愛ぶりも実生活そのままだろう。二人の仲に嫉妬する若者ポールをわざわざ配して、ラストシーンではセルジュをなくしたバーキンに号泣させて見せる。「どうだ、まいったか!」と言わんばかりに二人の愛を見せつけているのだ。臆面もなくおおっぴらにそんなことを映画にできてしまうその傲慢さがゲンズブールの本当の魅力なのかもしれないな。

などと、ふと思った次第。

ゲンズブールの魅力なんて、たかだか映画ひとつ観ただけでつかみきれるようなしろものではないようだ(音楽聞かないと、音楽!)が、”チョイ悪”とか言ってるようでは永遠に達することのできない中年の魅力の境地は確かに存在するらしい。


★★★★☆

ガラスの墓標
ガラスの墓標ピエール・コラルニック ジェーン・バーキン セルジュ・ゲンズブール

アイ・ヴィー・シー 2003-02-25
売り上げランキング : 58196
おすすめ平均star


Amazonで詳しく見る
by G-Tools


にほんブログ村 映画ブログへbanner_02.gif
よろしくお願いします!

アクセス解析
posted by FROST at 12:08| 埼玉 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | OLD:フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月25日

#0085『枯葉〜夜の門』マルセル・カルネ監督 1946年フランス

【注】この記事中の「詩的レアリスム」に関する認識が間違えています。
こちらをご参照くださいませm(_ _)m




Les Portes De La Nuit.jpg
   ”LES PORTES DE LA NUIT”


   監督: マルセル・カルネ
   出演: イヴ・モンタン
        ナタリ・ナティエ

   詳しい作品情報はこちら
    ⇒allcinema
    ⇒IMDb(英語)



イブ・モンタンが歌ったシャンソンの名曲”枯葉”。誰でも一度は聞いたことがあるだろう。が・・・。

”枯葉”を重要なテーマ曲に使った本作「夜の門」は、実は日本未公開作品だった。しかも、”詩的リアリズム”の名コンビ、マルセル・カルネ/ジャック・プレヴェールはこの作品を最後に訣別したらしい。

さて、そんなに評判の悪い映画だったのかしらんと見てみたが、映画自体は案外面白い。

今まで何気なく観ていたフランス映画を、 きちんと観てみようと思い立ったのはつい最近。手始めに前回レビューした「居酒屋」を観たが、取り付く島もないほどのリアリズムの徹底振りに一発くらって 早くもよろめき気味である。

なので、今回は厳しい現実を見せつけられても 耐えて見せるぞと身構えていたのだが。どうもこの作品は情け容赦のないリアリズムとは少し趣が違うらしい。

たとえば、下宿屋の階段でキナノキとその奥さんが強欲な家主セネシャルに詰め寄る場面では、二人の演技がコメディタッチでなかなか面白く、ほっとさせてくれる。イブ・モンタンとナタリー・ナティエをめぐる一晩の出来事は、ちょっと複雑な 人間関係をベースに因縁と偶然が絡み合って、かなりドラマチックに描かれている。

また、決定的なのは、自ら”運命”と名乗る浮浪者だろう。浮浪者は要所要所に現れて、 人の運命を予言する。的確に人の運命を予言するので、人ではない何者かを想像させるが、彼自体リアリズムからはほど遠い存在といえるだろう。

この作品のテーマは?。”夜の門”とは?

この物語は夜の訪れとともに始まり、夜明けとともに終わる。たった一晩でさまざまな運命を向かえた人たちの物語であるから、 ”夜の門”とは運命の入り口ということなのだろう。その夜を迎えるまでは想像もしなかった運命、耐え難い運命の入り口をくぐってしまったイブ・モンタンの、ラストシーンの物悲しくもうつろな表情が印象ニ残る。

しかし、件の浮浪者は悲惨な運命を迎えるべき人々に、それを 警告することで何とかその運命から逃れさせようとしているらしい。彼はハーモニカで”枯葉”を奏でながら(これが抜群)、夜の門をくぐろうとする人たちを押しとどめようとする。が、人々は 彼の制止を聞かずに夜の門の中へとどんどん入っていってしまう。いくら、彼が警告しても絶対に誰も救うことはできない。

結局、浮浪者の存在は運命を前にした人間の無力さを引き立てるだけである。この浮浪者は、「誰の人生もみな素晴らしい」ということを際立たせた「素晴らしき哉、人生!」の二級天使と立場が似ていないか?テーマの際立たせ役という意味で。やり方も向かう方向も全く逆だけど。底抜けにハッピーな「素晴らしき哉、人生」とくらーい「夜の門」のコントラストがそのままアメリカ映画とフランス映画のコントラストだな、などといかにももっともらしく考えてみる。(奇しくも両方とも1946年の作品だなぁ。)

そういう風にしてみるとこの映画は良く出来ていると思う。

しかし、この作品が評価されなかったと言うことは、こういうドラマチックな 仕掛けの作品は1940年代のフランス映画の中に位置づかなかったと言うことなのだろう。
”詩的リアリズム”というトレンドまで作り出したカルネ/プレヴェールコンビが、そんなに容易にはずしてこけてしまうとも思えないので、なにかことの経緯があったにちがいない。何かに挑戦したのか、事情があったのか。そのあたりぜひ知りたいですな。奥が深いなぁ。

ちなみに、イブ・モンタンは良かった。マレーネ・ディートリッヒが本作出演を断ったために、彼女に惚れていたジャン・ギャバンもやる気をなくして降板(わかりやすい)。その結果、映画デビュー直後のイブ・モンタンにディエゴ役が回ってきたらしい。表情豊かで、愛嬌があってなかなか良いので、ちょっとイブ・モンタンを追いかけてみようかという気になった。

手元にどんなDVDがあるか探ってみたら、「恐怖の報酬」「晴れた日に永遠が見える」「IP5」と3枚あったので観てみることにしよう。(お、前にレビューした「ナポレオン」にも出てたらしい。)。カルネ/プレヴェールコンビも気になるので、「天井桟敷の人々」も近々。

”人生は美しい”★★★★☆

枯葉 〜夜の門〜
枯葉 〜夜の門〜マルセル・カルネ イブ・モンタン セルジュ・レジアニ

アイ・ヴィー・シー 1998-11-25
売り上げランキング : 83149

Amazonで詳しく見る
by G-Tools



にほんブログ村 映画ブログへbanner_02.gif
よろしくお願いします!

アクセス解析
posted by FROST at 03:10| 埼玉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | OLD:フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月21日

#0084『居酒屋』ルネ・クレマン監督 1956年フランス

gervaise.jpg   ”GERVAISE”


   監督: ルネ・クレマン
   出演: マリア・シェル
       フランソワ・ぺリエ


   詳しい作品情報はこちら
    ⇒allcinema
    ⇒IMDb(英語)


ネタバレバレ

救いがない・・・・のかなぁ、やっぱり。

フランス自然主義文学の巨匠エミール・ゾラの同盟小説を、「禁じられた遊び」「太陽がいっぱい」のルネ・クレマン監督が忠実に映画化したと言われる本作。

自然主義文学とは、”自然の事実を観察し、「真実」を描くために、あらゆる美化を否定する。”(by Wikipedia)ということであるから、映画としてもその趣旨に則っている。

19世紀のパリの労働者の暮らしぶりがりアルに伝わってくる。石畳とレンガの建物が息苦しい雰囲気をかもし出す町並み。 アパートの部屋は狭く、家族が折り重なるように暮らしている。一生懸命働いても大して贅沢ができるわけではなく、彼らは慎ましやかに日々生活している。作品中盤で描かれる誕生日パーティーのシーンは、そんな貧しい彼らのささやかな楽しみ。たまのご馳走を楽しみながら飲み歌う姿が印象的だ。パリの労働者の生活ぶりは、どう飾られることもなく、そのようにゴロリと観客の前に投げ出される。うーん、自然主義だ。

そういうパリの下町生活を舞台として5種類の人間が登場する。

・洗濯屋を営む主人公のジェルヴェーズ:真面目な働き者。
・ジェルベーズの元夫(内縁)ランチエ:自分勝手な放蕩者
・現在の夫で屋根職人のクポー:自堕落な怠け者
・彼女に思いを寄せる鍛冶職人グージェ:自尊心にあふれる潔癖な理想主義者
・過去に諍いがあったが現在は友人(のフリ)のヴィルジニー:計算高い野心家

真面目な働き者のジェルヴェーズは、毎日を生き抜くために必死に働く。ランチエと二人の子供と共に暮らしていたが、ランチエはヴィルジニーの妹と良い仲になってしまい、突然姿を消してしまう。そのことで、ヴィルジニーと大喧嘩(このシーンはすごいよ)をした彼女は一念発起してせっせと働き、クポーと出会ってささやかな家庭を築き、洗濯屋の店も持つ。

しかし、順風満帆にことは運ぶのかと思いきや、そうはうまくいかない。仕事中に怪我をして働く意欲をなくし、酒びたりになるクポー。突然現れて、間借り人として住み着いてしまうランチエ。クポーとランチエが彼女の店と生活をぼろぼろにしていくさまは、見ていて痛々しい。なにかとジェルヴェーズを支えてくれたグージェは、彼女とランチエの仲を疑い、自尊心が傷つくことに耐えられず去っていく。

これが、アメリカ映画なら、やはり働き者の主人公が最後の最後には幸せをつかみハッピーエンドになるだろう。
しかし、フランスではそう単純にはいかないものらしい。

真面目な働き者だったジェルヴェーズは、現実に打ちのめされて酒に浸り、虎視眈々と彼女への復讐を狙っていたヴィルジニーが、自分さえ良ければなんでもOKのランチエと手を組んで、店をのっとり幸せをつかむ。

現実の世の中で、このようなことが起きないかといえば、絶対無いとは言い切れない。そして誰もがこういう困難を乗り越えて、明るい将来を信じて生きていけるかというと、やはり必ずしもそうではない。この映画がそういうきびしい現実を優れた観察力で生々しく描写している秀作であるということは疑う余地はない。自然主義にのっとる作品をいくつも観たわけではないが、傑作の一本であることは間違いないだろう。

しかし、”それを映画として観たいか”なんだよなぁ。問題は。

自分としては、ラストシーンに希望を託したいと思う。ジェルヴェーズの娘ナナが、汚い身なりでヴィルジニーの店に現れてあめ玉とリボンをもらう。そのリボンを首に巻いて、ガラスでおしゃれをチェックして近所の少年たちと一緒に楽しそうに駆けていく。屈託ない後姿が、「今はどうしようもなく辛い世の中でも次の世代には必ず希望があるのだぞぉっ」と、そう言っているのだと信じておくことにする。救いのない映画は観るのが辛いのだ、やっぱり。

かすかな希望に★★★★☆



禁じられた遊び/居酒屋
禁じられた遊び/居酒屋ジョルジュ・オーリック フランソワ・ペリエ ルネ・クレマン

アイ・ヴィー・シー 2005-09-28
売り上げランキング : 51694

Amazonで詳しく見る
by G-Tools



にほんブログ村 映画ブログへbanner_02.gif
よろしくお願いします!

アクセス解析
posted by FROST at 14:31| 埼玉 ☁| Comment(2) | TrackBack(2) | OLD:フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月16日

#0082『ナポレオン』サッシャ・ギトリ監督 1955年フランス

napoleon.jpg

”Napoleon”

監督: サッシャ・ギトリ
脚本: サッシャ・ギトリ
撮影: ピエール・モンタゼル
音楽: ジャン・フランセー
 
出演:ダニエル・ジェラン/レイモン・ペルグラン/ミシェル・モルガン/ダニー・ロバン/ダニエル・ダリュー/マリア・シェル/ピエール・ブラッスール/O・W・フィッシャー/ジャン・マレー/イヴ・モンタン/ミシュリーヌ・プレール/アンリ・ヴィダル/オーソン・ウェルズ/エリッヒ・フォン・シュトロハイム/フランソワーズ・アルヌール/ダニー・カレル/ギャビー・モルレー/エレオノラ・ロッシ=ドラゴ/ジャン=ピエ  ール・オーモン/ジャン・ドビュクール/ルイ・ド・フュネス

詳しい作品情報はこちら⇒allcinema IMDb(英語)



先日ちょっとした経緯で、京橋のナショナルフィルムセンターに出向いた。久々の劇場観賞であったが、やっぱり大きなスクリーンは良いなと素直な感想。

フィルムセンターでフランス古典映画の特集をやっていることは知っていたが、センターに着くまで作品名はわからず。たまたまやっていたのは、1955年製作の”ナポレオン”。現在、DVD、ビデオではリリースされていない作品なので、貴重なものを観させていただいた。

監督はロシア出身のサッシャ・ギトリ。よく知らない。1910年代後半から1950年代後半にかけて、30本ほどの映画を監督しており、脚本家・俳優としても活躍している。監督としては大掛かりな歴史絵巻に手腕があるらしい。

この作品も、ロケを多用してナポレオンの一生を描いた歴史大作。映画データベースでは3時間を越える長尺と記されているが、鑑賞したのは2時間弱の短縮版であった。どういう経緯で短縮されたのかはわからないが、二時間版でも十分楽しめた。

エピソードを短くつないでナポレオンの生涯を描いているため、ストーリーを楽しむというよりも、”ナポレオンガイドブック”をパラパラとめくっている感じ。したがって、ドラマや俳優に入れ込むというタイプの作品ではなかった。

しかし、面白くなかったかというと案外そうでもない。一つ一つのシーンは丁寧に作りこまれており、コスチュームドラマとしてまずまずだし、戦闘シーンなどのロケはさすがに大規模で一応の見ごたえはあった。

また、ほんの端役で登場する名優たちが豪華で、ジャン・マレーやイヴ・モンタン、オーソン・ウェルズ、エリッヒ・フォン・シュトロハイムなどの名前が見える。特に、ベートーベン役で登場したエリッヒ・フォン・シュトロハイムは、これが最後の映画出演作らしい。

隅々の細かいところに贅を尽くした佳作という感じで、映画館の大スクリーン向きの作品といえる。

ただ、今回の上映は画面下に英語(セリフはフランス語)字幕が出ているためもあり、右側に日本語字幕が出るのだが、ロケが多いため空などで画面上半分は白くなっていることが多く、全体の半分くらいしか字幕が読めずかなり辛かった。

評価は★★★☆☆

にほんブログ村 映画ブログへbanner_02.gif
よろしくお願いします!

アクセス解析

posted by FROST at 01:55| 埼玉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | OLD:フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月12日

#0066『ファンタスティック・プラネット』ルネ・ラルー監督 1973年フランス・チェコ

planete_sauvage.jpg
”LA PLANETE SAUVAGE”

監督:ルネ・ラルー Rene Laloux
製作:サイモン・ダミアーニ Simon Damiani
アンドレ・ヴァロ=カヴァグリオーネ Andre Valo-Cavaglione
原作:ステファン・ウル Stefan Wul
脚本:ローラン・トポール Roland Topor
ルネ・ラルー Rene Laloux
撮影:ハポミル・レイタール
ボリス・パロミキン
音楽:アラン・ゴラゲール Alain Goragu


あらすじ
惑星イガムでは、巨大宇宙人ドラーグ人が人間をペットとして飼っている。人間の子供テールはドラーグ人の少女ティバに育てられ、彼らの学習装置により高度な知識を身につける。やがて、成長したテールは学習装置を持って脱走し、反ドラーグの人間たちのリーダーとなっていく。

みどころ
予告は真昼の決闘ですが、ルネ・ラルー監督のカルト的アニメ映画「ファンタスティック・プラネット」を入手しましたので観てみました。

幻想的なローラン・トポールのイラストを切り紙アニメで映画化した作品。巨大で無表情なドラーグ人に対して、悲しそうな顔の小さな人間たちがいかにも弱々しい。不思議な生物(この造形がまた絶品)が生息する惑星の描写やドラーグ人の生態など、なんともいえない画像としての魅力を持っています。切り紙アニメ独特のカクカクとした動きもこの作品の雰囲気には適していますね。実に摩訶不思議な世界観。

(ちょっと見てみたい人はこちらを→ヴィジュアル・アンティーク・ショップ「アリア」さんのサイト

ルネ・ラルーはもともとはアニメにかかわる人ではなく、ある村で、バカンスに出かけた精神科医の友人の代役として、絵画や影絵のようなものを使った精神療法を試み、その過程でアニメーションに深くかかわるようになったということです。

この作品の製作に対するラルーとアニメスタッフ(チェコのイジー・トルンカスタジオ)のこだわりはすさまじく、背景画の上に直接登場人物の絵を乗せて撮影する方法で作られており、実に4年の歳月をかけて完成。画面としてみたときの自然な美しさは特筆もので、マニアの間では「あのトポールの絵がそのまま動く!」として驚嘆のまなざしで迎えられました。1973年のカンヌ国際映画祭特別賞獲得、パルムドールにノミネート。

個人的には
アニメ作品ってあまり見ません。なので、当然この作品も全然知りませんでした。

が、この作品痛く気に入りましたね。その理由は多数登場するわけのわからない生物。なんとも素敵。古くはずいぶん昔に読んだ手塚治虫「火の鳥」(宇宙編?)に出てくる生物とか、SFなどに登場する変な生物の絵に妙に魅力を感じるのですよ。

特に、学習装置によって知恵をつけた人間が道具を使って初めて鳥の化け物を倒しますが、この鳥!上のアリアさんのイラスト集では右下に映ってるやつですね。あのぎざぎざの口で人間が住んでいる建物の屋根を破って、その穴からありくいみたいに長い舌を差し込んでくっついた人間食べてます。妙に合理的でグロテスクなところが実にGOOD。素敵だと思いませんか?(思わないか・笑)

おすすめ度
★★★★☆

次回は、本筋に戻って真昼の決闘です^^




ファンタスティック・プラネット
ファンタスティック・プラネットステファン・ウル

ジェネオン エンタテインメント 2001-03-23
売り上げランキング : 3,862
おすすめ平均star


Amazonで詳しく見る
by G-Tools


ルネ・ラルー コンプリートDVD-BOX
ルネ・ラルー コンプリートDVD-BOXルネ・ラルー

ジェネオン エンタテインメント 2005-03-10
売り上げランキング : 10,552
おすすめ平均star


Amazonで詳しく見る
by G-Tools


にほんブログ村 映画ブログへbanner_02.gif
よろしくお願いします!

アクセス解析




posted by FROST at 16:40| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(2) | OLD:フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月24日

#0038『舞踏会の手帖』ジュリアン・デュヴィヴィエ監督 1937年フランス

UN CARNET DE BAL.jpg
”UN CARNET DE BAL ”

監督: ジュリアン・デュヴィヴィエ Julien Duvivier
脚本: アンリ・ジャンソン Henri Jeanson
撮影: ミシェル・ケルベ Michel Kelber
    フィリップ・アゴスティーニ Philippe Agostini
    ピエール・ルヴァン Pierre Levent
音楽: モーリス・ジョーベール Maurice Jaubert
出演: マリー・ベル Marie Bell
    フランソワーズ・ロゼー Francoise Rosay
    アリ・ボール Harry Baur
    フェルナンデル Fernandel
    ルイ・ジューヴェ Louis Jouvet
    ピエール・リシャール=ウィルム
    ガブリエル・フォンタン Gabrielle Fontan
    シルヴィー Sylvie
    ピエール・ブランシャール Pierre Blanchar


「旧友がどう暮らしているのか、考えません?」「どう変わったかなら」

夫を亡くしたクリスティーナは子供も友人もなく一人ぼっちになってしまった。遺品整理をしていると、偶然彼女が16歳の初舞踏会のときの手帖を見つける。その手帖には彼女にダンスを申し込み愛をささやいた男たちの名前が。見失ってしまった自分の生き方を見つけるために、20年前に一夜の舞踏会を過ごした男たちを訪ね歩くことにした彼女。しかし20年の月日を経て彼らの境遇も大きく変わっていた・・・。


ようやくPCトラブルも一段落ついてレビューを書けるようになりました。予定ではフェリーニの81/2でしたが、新しいPCでDVDを見れるようになったのがうれしくて、DVDで持っている本作になびいてしまいました。VHSの81/2は・・・無期延期。

この映画、いいですね。主人公のクリスティーヌが、昔の男たちを訪ね歩くオムニバス形式になっていますが、ひとつひとつのエピソードが実によいドラマに仕上がっています。それぞれの男たちは彼女との出会いを引きずっていたり完全に忘れていたりしますが、共通しているのは、ものすごく変わってしまっていることと、彼女との再会が人生の転機になること。

自分ごとで考えると20年前というと社会人になったばかりですか。それからずいぶんといろんなことをやってきましたが、中に自分に都合よく受け流してきたことややり過ごしてきた事、目をつぶってきたことなどもやっぱりたくさんあります。当時ひと時でも想いを寄せた女性が突然現れたら。しかも、彼女は昔と変わらず美しかった(少なくとも自分にはそう見えた)ら。昔の純粋でいろんなことに夢を持っていた自分を思い出すでしょうね。このままじゃいけないなんて思うかもしれませんね。クリスティーヌと再開する男たちも、彼女を通して昔の自分と対面することで人生の転機を迎えたのかもしれません。

それぞれの男たちを演ずる男優陣はすばらしく個性的で、詩の朗読がうまいロマンチストで今はギャングのボスになってしまったルイ・ジューベや、彼女を昔と同じダンスパーティにエスコートする手品のうまい美容師フェルナンデルなど風貌・演技ともに個性的な名優がそろっています。

この映画、それぞれのドラマがよくできているだけに、かえって一本の作品としてどう落とすのかなと心配にもなったのですが、”そうきたかっ”という感じでいいラストシーンでした。彼女の将来にも光が差した感じでほっとしました。

評価は星5つ★★★★★

次はもうひとつデュヴィヴィエ監督で”アンナ・カレニナ”1948年の作品ですね。

舞踏会の手帖
B000068RHKマリー・ベル フランソワーズ・ロゼー ルイ・ジューヴェ

アイ・ヴィー・シー 2002-07-25
売り上げランキング : 16,403
おすすめ平均star


Amazonで詳しく見る
by G-Tools


にほんブログ村 映画ブログへよろしくお願いします!

アクセス解析
posted by FROST at 01:43| 埼玉 ☁| Comment(5) | TrackBack(0) | OLD:フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月24日

#0008『パピヨン』フランクリン・J・シャフナー監督 1973年フランス

papillon2.jpg

"Papillon"
監督: フランクリン・J・シャフナー Franklin J. Schaffner
製作: ロベール・ドルフマン Robert Dorfmann
    フランクリン・J・シャフナー Franklin J. Schaffner
原作: アンリ・シャリエール
脚本: ダルトン・トランボ Dalton Trumbo
撮影: フレッド・コーネカンプ Fred Koenekamp
音楽: ジェリー・ゴールドスミス Jerry Goldsmith
 
出演: スティーヴ・マックィーン Steve McQueen (パピヨン)
    ダスティン・ホフマン Dustin Hoffman (ルイ・ドガ )
    ヴィクター・ジョリイ Victor Jory
    アンソニー・ザーブ Anthony Zerbe
    ドン・ゴードン Don Gordon
    ロバート・デマン

<多少ネタバレ気味>

「Hey You Bastard! Have still here! (バカ野郎! 俺はまだ生きてるんだ!)」



この作品について、前の日記でこんなことを書きましたが。


私が間違えていました。


この作品は、マックイーンの作品ではなく、



正しく、マックイーンとホフマン二人の作品ですねぇ。



泣けましたよ。悪魔島のシーン。ラスト20分。

パピヨン(マックイーン)は計7年に及ぶ過酷な独房”人喰い牢”での監禁で、白髪、歯は抜け、歩行もおぼつかない、まるで老人。そして、頭頂が丸く禿げ上がってしまっているルイ・ドガ(ダスティン・ホフマン)。

悪魔島は、周囲を激しい潮流とサメの群れに囲まれた絶海の孤島。看守すらいない、囚人が行き着く最後の流刑地です。生きていること以外、人間としての存在はすべて否定され、忘れ去られ、すべての希望を奪われてしまったかわりに、すでに何の義務も課されない囚人たち。

一切の望みを絶たれて、ただ時間だけがある世界。そんな世界に堕ちてなお自由への希望を捨てないパピヨン。対照的に、あきらめの中でささやかな自分の居場所を作ろうとするルイ・ドガ。

パピヨンは、かつての英雄の椅子に座ってくる日も来る日も海を眺め、ルイ・ドガは掘っ立て小屋に菜園を作って野菜を植え、玄関を作ります。

挑戦か順応か。

極限状態で、人間としてどちらを選択するのか。保守的な小心者に見えるドガの選択ですが、それを生半可に否定することを許さない強烈な迫力がダスティン・ホフマンの演技にはあります。パピヨンを見送りながら、泣き笑いしつつ何度もうなずき、自分の家に帰っていくドガの姿は涙なくして見れません。このダスティン・ホフマンの演技を見るだけでも、この映画を見る価値は十二分にありますね。

かたや、マックイーンですが彼の脱出劇というと言わずと知れた「大脱走」が思い浮かびます。大脱走でのマックイーンは逃げてもつかまってもかっこいい。バイクで疾駆する姿、独房で壁にボールを投げる姿、どれをとっても”ヒーロー”なんですよね。

しかし、本作では前半こそヒーローぶりが健在ですが、後半は徹底的に痛めつけられ、裏切られ、希望を打ち砕かれ、身も心もボロボロです。「お前は誰だ」と聞かれて、「I'am Nobody.」と答える歯抜けのマックイーンには、かっこよさのかけらもありません。

そんなになってしまっても、なおかつ自由を求め、必死に工夫し、最後の最後で脱走を成し遂げる姿は、人間としてのひとつの憧れ、こうでありたいという理想の姿です。どんなにみすぼらしくなろうとやっぱりマックイーンは真ん中の部分で真のヒーローだったんだなと、これまた涙涙で画面を見つめることになります。

私が定義しているオールド・ムービーは1960年代まで。本作は1973年製作ですから少し外れますが、躊躇なくこのブログに入れさせていただきます。

評価はもちろん星5つ★★★★★

パピヨン 特別版
パピヨン 特別版スティーブ・マックィーン フランクリン・J・シャフナー ダスティン・ホフマン

キングレコード 2006-01-25
売り上げランキング :

Amazonで詳しく見る
by G-Tools


POSTER
Papillon


Papillon
Buy this Mini Poster at AllPosters.com


Papillon


Papillon
Buy this Mini Poster at AllPosters.com


banner_02.gif ← 人気Blogランキングもぜひよろしくお願いします

アクセス解析
posted by FROST at 02:30| 埼玉 ☁| Comment(2) | TrackBack(1) | OLD:フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。