新ブログ『川越名画座』に引っ越しました。さらに充実した内容で運営していますので、ぜひご訪問ください。

2007年04月05日

#0159『國民の創生』D.W.グリフィス監督 1915年アメリカ

birthofnation_.jpg
”THE BIRTH OF A NATION”

監督:D・W・グリフィス
原作:トーマス・ディクソン
脚本:フランク・ウッズ
撮影:G・W・ビッツァー
音楽:ジョセフ・カール・ブレイル
 
出演:リリアン・ギッシュ/メエ・マーシュ
   エルマー・クリフトン/ロバート・ハロン
   ヘンリー・B・ウォルソール/ミリアム・クーパー
   ベッシー・ラヴ/モンテ・ブルー
   ドナルド・クリスプ

詳しい作品情報はこちら
    ⇒国民の創生(1915) - goo 映画
    ⇒IMDb(英語)

1910年代の映画というのはこれが初めて。もうそろそろ100年前になろうかというのですからすごいことですが、映画についていろいろ勉強することのできた作品でした。

何の根拠もありゃしませんが、「サイレントは短い」と思い込んでいました。チャップリンの短編映画などのイメージが原因ですね。なので、まず2時間半以上という尺に驚き。でも作品公開当時の人たちも同様に驚いたんじゃないでしょうかね。それまでは一巻もの(十数分)の"動く写真”が映画の主流で長くてもせいぜい4・50分だったらしいし。しかしもっと驚きだったのは2時間半という長時間わたって”映画が物語を語ることができた”ということでしょう。しかも、題材は60万人以上の死者を出した南北戦争です。迫真の戦闘シーンを交えて南北戦争を語ったわけですから、当時の人々の映画に関する認識を根底から変えてしまうくらいのインパクトがあってもおかしくありません。

そういう歴史的意義のあるこの作品ですが、そりゃ現在の何でも満載映画の感覚で観れば面白くはないですよ。シナリオも演技も映像も稚拙で雑なものに映るかもしれません。しかし約1世紀も前に、この壮大な物語のために、グリフィスは現代の映画の基礎になる手法を体系化し駆使していたわけですから、やはりそれは驚きの目を持ってみるべきだと思います。

その手法がどういうものかは、映画学に詳しい皆さんのブログやサイト(例えばこちら⇒"映画学メモ by タカさん")を参考にしていただくとして、ああなるほどと思ったのはカメラによる映像が、それ独自の機能を果たし始めた作品の一つだということです。人が目で見るのと同様に映像を撮って見せていたものが、次第にカメラ映像ならではのカット割りがされていき、映像をつなぐことそれ自体が意味を作り出すようになってきます。これは、対象をそのまま撮影することとも、奇抜なトリックであっと驚く映像を作り出すこととも異なる、”物語を語るため”のまったく新しい方法の発見であったということです。このあたりの事は、前々から本などで読み知ってはいたことなのですが、今回初めてああそういうことなのかとわかってきました。一つ前に『戦艦ポチョムキン』を観ていたのも良かったかもしれません。カットに対する考え方が全然違います。

この作品のころ、編集はなるべく観客に気づかれないようにすべきである(Continuity Editing)とされていたそうです。したがって前回見た『戦艦ポチョムキン』と比較すると、まったくおとなしいというかごく普通の画面が続き(特に前半)、”衝撃”にかけます。それでもきちんきちんとストーリーが語られていく様子はまったく違和感はありません。また、元北軍兵士の小屋に立てこもるキャメロン一家を巡って、襲い掛かる黒人暴徒と救出に駆けつけるKKKをクロスカッティングで見せる後半のクライマックスシーンはスリル十分な場面です。

グリフィスが体系付けた映画の手法は、物語を語るための新しい方法として完成し一般化していきます。それに対する挑戦として、エイゼンシュテインなどの斬新な理論と手法による作品が登場してくるわけで、”まず世界を作った”という意味ではやはり素晴らしい作品、素晴らしい歴史であると思います。

なんか、コムツカシイ知ったかぶりっ子になっちゃいました。そういう話はさておいて、ごく素直に見惚れてしまったのはやはりリリアン・ギッシュの可憐さ。ちょっと虚ろな表情で目線を上に持っていくと、誰でも一度は見かけたことがある(だろう)リリアン・ギッシュの表情になります。後々のイラストやマンガなんかでこの表情をモチーフにして描いているものが結構あるんじゃないかと思われますね。

『白昼の決闘』('46)で、ジョセフ・コットン&グレゴリー・ペック兄弟の母親(父ちゃんはライオネル・バリモア)を演じていた老年のリリアン・ギッシュを観た事がありました。死に際の演技が素晴らしかったですねぇ。でも本領のサイレントで彼女を観るのははじめて。まるで、フランス人形みたいですな。それだけでも十分満足なんですけど、ちょっと鼻にしわを寄せて見たり、ぴょんぴょんはねてみたり、いかにもかわいらしい仕草も結構するので、これもなんか目からうろこな思いでした。

余談ですが、KKKが正義の味方の映画は初めて(これまた驚き)。グリフィスのバイオグラフィを読んでみて納得ですけどね。リリアン・ギッシュをはじめ白人女性に迫る黒人男の役は、”黒人メイクした白人”が演じていたそうで、筋金入りだったようです。

歴史を目撃した!と言う感じ。自宅でコーヒー飲みながら気楽に歴史を目撃できてしまう今の世の中はすごいですね。★★★★☆(こういう映画に★をつけるのもどうかとは思いますが)
にほんブログ村 映画ブログへよろしくお願いします!

D・W・グリフィス傑作選
D・W・グリフィス傑作選リリアン・ギッシュ メイ・マーシュ リチャード・バーセルメス

ジェネオン エンタテインメント 2002-10-25
売り上げランキング : 90873
おすすめ平均star


Amazonで詳しく見る
by G-Tools


アクセス解析
posted by FROST at 14:46| 埼玉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | OLD:アメリカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 FROSTさん・・今日は。
うーーーん。「国民の創世」(15)・・・ついにアップされましたね。
「イントレランス」(16)と並んでデイビッド・ウオーク・グリフイスの、この二作品は色んな意味で映画の原点とも云われている・・・映画フアンとしてブログを運営するに、この作品を観ずしては肩身が狭かろうと・・・思ってもいる作品ですね。(笑)
FROSTさんもご指摘のように、偉い先生諸氏の格調高い論評を多く目にするので・・・映画少年ごときが出る幕ないわ・・・です。
 ところで・・・FROSTさんがリリアン・ギッシュ嬢をいたく褒めておられたので嬉しい限りです・・・。
彼女の代表作の多くはサイレント時代の作品に集中してはいるが・・・彼女は自伝の中で<「音声」をもたないサイレント映画こそ「映画」の理想>と言っている。
当時の彼女は本当に清純可憐の鏡の様なスターであったが・・・グリフイス監督の指導よろしきを得て・・・知性と気品のある演技者としても実力派として成長していく・・・。
FROSTさん・・・「八月の鯨」(87)はご覧になっていますか?。近頃はオーバー・アクトが評価される風潮があるが・・・この作品での彼女は・・・自然の流れに逆らわず、老いゆく人生を、静かにしかも豊かに生きる心を謳い上げた傑作ですね・・・。大好きな作品です。
Posted by グリーンベイ at 2007年04月06日 16:11
グリーンベイさん、こんばんは。リリアン・ギッシュはいいです!
>「音声」をもたないサイレント映画こそ「映画」の理想
彼女がそういうのは判るような気がしますね。サイレント映画にとってもリリアン・ギッシュは理想の女優だったのかもしれませんね。とはいえ、トーキーの彼女も素晴らしいと思いましたので『八月の鯨』もぜひ観てみたいと思います。94歳のリリアン・ギッシュ・・・。
Posted by FROST at 2007年04月06日 20:44
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/37674520

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。