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2006年08月05日

#0087『裁かるゝジャンヌ』カール・T・ドライヤー 1928年フランス

Jeanne_d'Arc.jpg


”LA PASSION DE JEANNE D'ARC”

監督: カール・テオドール・ドライヤー
脚本: ジョゼフ・デルテーユ、カール・テオドール・ドライヤー
撮影: ルドルフ・マテ
 
出演: ルイーズ・ルネ・ファルコネッティ/ウジェーヌ・シルバン/アントナン・アルトー


詳しい作品情報はこちら
allcinemaIMDb(英語)


世の中にはなんという映画を作る人がいるのだろう。

ドナルド・リチーの「映画のどこをどう読むか」でレビューを読んで以来、どうしても観たかった一本。7月は、「イワン雷帝」「新学期・操行ゼロ」「デルス・ウザーラ」「ゲームの規則」と観たかった映画をことごとく逃し(涙)、映画の神様に見捨てられたなぁとしょぼくれていたのだけれども、最後に一本だけ願いがかなえられた。DVDだけど大満足。

完全なフィルムは存在しないと言われていた本作だが、1984年にノルウェーでデンマーク語字幕の完全版ポジフィルムが発見されたという。ことの経緯は追記にメモしたので興味のある方は<続きを読む>からどうぞ。

さて、作品は良く知られているジャンヌ・ダルク(ルネ・ファルコネッティ)の異端審問をリアルに描いたもの。この”リアル”さを追求するために、ドライヤーは余計なものをすべてそぎ落としてしまう。

”余計なもの”のそぎ落とし方が尋常ではない。サイレント映画とはいえ伴奏音楽などもない全くの無音。挿入台詞も最小限。舞台となるルーアンの町の全景をセットで作ったにも関わらず見せない。異端審問のシーンでは審問場のセットも全体は写らず、どの程度の広さでどのくらいの人数がその中にいるのかも観客にはわからない。リチーによると、登場人物の誰と誰がどんな関係にあるかも全くわからないように目線まで計算されているという。画面のほとんどは顔のクローズアップ。しかも、画面の端は黒くマスクがかかり、観客はのぞき穴から審問の様子をのぞいているような感じという徹底振り。

”必要なものしか写らない”スクリーンでノーメイクの役者たちの表情は極めてリアルで息苦しいほどだが、その上表情が変わる。。。のだ。JEANNE D'ARC.jpg

人間なのだから表情が変わるのは当たり前なのだが、審問官の表情が侮蔑から狼狽そして怒りへ、ジャンヌの表情が恐れから恍惚そして落胆へ。つなぎのないワンショットの中でぐぐぐーっと見事に表情が変わっていく。画面から迫ってくる迫力に思わず息を詰めて見つめてしまう。

なんせ、顔以外は写らないのだから役者は表情の変化だけですべてをカバーしなければいけない。要求するドライヤーもすごいが、演じきるファルコネッティもすごい。彼女はもともと舞台俳優で、映画に出演したのは”裁かるゝジャンヌ”一本きりらしい。まさに”一本入魂”の演技は鬼気迫るなどというありきたりの言い回しではとても表現できない。

徹底的に俗物として描かれる審問官の下卑た表情とたった一人で俗な権力に立ち向かうジャンヌの敬虔さの対比は、主人公ジャンヌに対する強烈な感情移入を呼び起こす。映画の中盤に差し掛かる頃には結末はわかっているにもかかわらず、異端審問の行方を案じてこちらの顔も苦悩にゆがみ、手に汗握る。

そうやって限界まで没入した状態で迎えるクライマックスのジャンヌ処刑シーンは、もうね、これは絶対一生忘れないに違いない。

覚悟を決めたジャンヌ。それでも死の恐れから逃れることは出来ず、思わず”せめて苦痛を与えないで下さい”と祈るその一言。最後の救いである十字架。火がつけられて焼け死んでいくジャンヌの姿はこれでもかというほど克明に描写され、1シーン1シーンごりごりと心の中に刷り込まれていく。

こんな映画は二つとない。まさにサイレントの奇跡。というか映画の奇跡。

これを観ずしてなんとする!★★★★★

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フランスで製作された本作品は、フランスで検閲を受ける前にデンマーク公開用のオリジナル版ポジ・フィルムが作成されデンマークに送られた(1928年4月)。

デンマークでは一切の修正なく検閲を通過し、いくつかの都市で上映された。

デンマークで公開されたフィルムはその後行方不明となった。ノルウェーの精神病院長が本作を観るためにこのフィルムを借り受けたが、その後返却せずオスロの病院倉庫に放置した、というのが行方不明の真相らしい。

一方フランスでは検閲時にカトリック教会からクレームがつき、パリ大司教の命令でシーンの削除・改変が行われた。

その結果、フランスでは検閲版が公開されることになり(1928年10月)、オリジナル版は試写会で上映されたのみとなった。

1928年12月、本作の編集済みオリジナル・ネガが保管されたドイツ・ウーファー社の倉庫から出火しフィルムは焼失してしまう。したがって、オリジナルフィルムはデンマーク版しかなくなってしまった。

製作元ソシエテ・ジェネラール・ドゥ・フィルム社は外国への販売用に、未使用ネガから再度作品を編集するようにドライヤーに要請する(オリジナルネガを作成した残りの未編集フィルムは83000m(オリジナルは2210m))。ドライヤーは要請に応え、結果できたのがいわゆる”第二版”ネガ・フィルムである。

アメリカ・日本・ドイツなど多くの国で第二版による公開が行われ、フランスでも第二版による再公開が行われた(1929年)。

しかし、第二版フィルムも1929年に火災にあい焼失。その上、製作元のソシエテ・ジェネラール・ドゥ・フィルム社が本作の膨大な制作費が響いて倒産し、未使用ネガも散逸してしまった。

各国で上映された第二版ポジ・プリントはその後さまざまな版によって保存される。

1940年代、映画史研究家ロ・デュカが本作のプリントの行方を調査し、倒産前にソシエテ社が保有していた未使用ネガを発見した。それを自ら編集して字幕と音楽をつけ、1952年にゴーモン社から一般公開した。この版は戦後本作の最も有名な版となった。

アメリカでは戦後、ニューヨーク近代美術館が1939年にパリのシネマテーク・フランセーズから入手した第二版35mmプリントから16mm版が作成され流通していた。その後、さまざまな場所で16mm版が違法コピーされ、1970年代にはこの海賊版が比較的手に入りやすい状態になっていた。

1960年代半ば、デンマーク映画博物館(現デンマーク映画協会映画アーカイブ)のアーネ・クロウを責任者として本作品のプリント復元がおこなわれた。欧州各国に残されたフィルムを比較して、最良のショットを集めたもので、第二版以前のショットも含まれており最も権威のある版とされるようになった。

1984年、イタリアのヴェローナで行われたドライヤーに関する国際シンポジウム会場で行われた全作品上映会にて、突然本作品の完全オリジナル版が上映された。

その3年前の1981年に、上記ノルウェーのディケマルク病院の倉庫で本作品のデンマーク字幕版オリジナルネガを収めたフィルム缶が発見され、オスロの映画アーカイブに寄贈されていたが、その後3年間中を調べることなく放置されていた。

1984年にアーカイブ担当者が中身を調べて本作品と確認したが、どの版かに興味を持つことはなかった。オスロ映画アーカイブは、フィルム不燃化処理のコストがかかることからデンマーク映画博物館に引取りを依頼。引き取ったデンマーク側では、オリジナル版と確認した後、イタリアのシンポジウムに出品すべく大急ぎで不燃化ネガを作成し上映に間に合わせた。
posted by FROST at 00:31| 埼玉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | OLD:フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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