新ブログ『川越名画座』に引っ越しました。さらに充実した内容で運営していますので、ぜひご訪問ください。

2007年04月20日

ブログを引っ越します2

ブログ引越しに関して、相互リンクの皆様にはご挨拶させていただきました。

今回の引越し決定が急なため、事前に十分お知らせが出来なかったことをお詫びします。

また、「オールドとカルトは閉めます」と申し上げたのですが、皆様からいただいた貴重なコメントやトラックバックがありますので、川越名画座への記事移管終了後も、二つのブログは残しておこうと思います。

お騒がせしてしまい申し訳ありませんがよろしくお願いいたします。


新しいブログはこちら ⇒ 川越名画座

FROST
posted by FROST at 01:53| 埼玉 ☁| Comment(34) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月18日

ブログを引越します

いつもご訪問いただいている皆様、ありがとうございます。

まことに突然で恐縮なのですが、この度FC2ブログに引っ越すことになりました。理由はまた追々。

【引越し先】
FC2ブログ ”川越名画座”(タイトルにリンクしてあります)

これまで、1年半の間とにかく古い映画にこだわってきましたが、引越しにあたってサブブログとして運営していた”カルトでも、インディーズでも、アートでも”と合併することにしました。

したがって、新しい”川越名画座”ではこれはと思える作品を年代にこだわらずカバーしていきたいと考えています。ただし、相変わらず映画館に行く時間は無いので最新作は追いかけられません。オールド/カルト志向も変わらないと思います。

これまで”オールド〜””カルト〜”の両ブログをかわいがっていただきまして誠にありがとうございました。”川越名画座”の方でも今まで同様にお付合いいただければ幸いです。

相互リンクしていただいている皆様にはお手数をおかけして申し訳ありません。改めてご挨拶に伺いますので、よろしくお願いいたします。
posted by FROST at 03:04| 埼玉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | OLD:INDEX | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月11日

皆さま、こんにちは!

今週1週間オーストラリアに来ております。愛用のPCで見ようと映画は7本ほど(1日1本)持ってきたのです。が、さすがオーストラリア、空は青く、海はきれいで、料理はうまいしワインもうまい。完全に飲んだくれ状態になっておりまして、全然映画観れません。明日一日フリーなので、海辺にでもPCもっていって『巴里の女性』でもみようかな(ちょっと変ですけどね)。少しくらい何の予定も入れずにボケーっとしたいしなぁ。

しかし、、、また飲みに行ってしまう方可能性が限りなく高いことは間違いない。

今度の日曜日からはまたまじめにやろうと思いますので、よろしくお願いします(^^)/~~(今もへべれけ)
posted by FROST at 00:29| 埼玉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月06日

#0160『狂へる悪魔』ジョン・S・ロバートソン 監督 1920年アメリカ

jykillHyde.JPG
”DR. JEKYLL AND MR. HYDE”

監督:ジョン・S・ロバートソン
製作:アドルフ・ズーカー
原作:ロバート・ルイス・スティーヴンソン
脚本:クララ・S・ベレンジャー
撮影:ロイ・オーヴァーボウ
出演:ジョン・バリモア/ニタ・ナルディ
    ブランドン・ハースト/ルイス・ウォルハイム
    チャールズ・レイン/ジョージ・スティーヴンス
    マーサ・マンスフィールド

詳しい作品情報はこちら
    ⇒狂へる悪魔 - goo 映画
    ⇒IMDb(英語)

有名な「ジキル博士とハイド氏」の映画化。この作品、IMDbで引くとTV版を含めて20作品出てきますね。1920年にはこれを含めて3本作られています。一番たくさん映画化された小説?

”ジャーン”とか”ビャーン”とかの効果音がなくても立派にホラー映画は成り立ちますね。ちなみに血まみれの残酷シーンもありませんが、それでも十分成り立ちます。

お話はよく知られていますが、ざっとご紹介すると。。。
研究熱心でまじめ一徹なジキル博士(ジョン・バリモア)は、愛するミリセントの父カルウ卿(ブランドン・ハースト)からその生真面目な性格をからかわれて動揺する。カルウ卿に連れられて訪れたミュージックホールのダンサージーナ(ニタ・ナルディ)への欲望から、彼は自分の中に潜む別の性格に気づきます。思い余ったジキルは二つの精神を分離して別の身体に移す研究を始めます。やがて研究は実を結びますが、薬を自らの身体で試したジキル博士は、醜く変身してしまいます。元に戻るための薬も無事発明したジキル博士は、醜く変貌した自分をハイドと名づけて友人と称し、自らの欲望を満たすための二重生活を始めます。しかし、徐々にジキルはハイドをコントロールできなくなっていき、カルウ卿にハイドとの関係を揶揄されたことからついにハイドは暴走を始めます。

変身のシーンは二重露出やメイクもありますが、基本的にはジョン・バリモアの表情と演技の変化。知的で端整なジキルから、醜く悪魔的な表情のハイドへ。これが怖いですねぇ。

怖いといってもヴィジュアル的には大した事はないんです。なにが怖いのかと言うと、人間の二面性とそれが本人の意図に逆らってコントロールできなくなっていく、このことが怖いんですね。初めて自分の悪の性質に気づいたジキルはそれを分離して安全に(って言い方も変ですが)扱おうとするわけですが、結局自らが悪魔のようなハイドに変身してしまいます。しかし、ジキルは最初この状況をうまく利用して自分の欲望を果たそうとします。ジキルとして果たせなかった酒場の女ジーナ(艶然と笑うニタ・ナルディの色っぽいこと)への欲望を果たし、だんだん自信満々の悪党に変貌していくところが見事です。しかし、やがてその自信にもかかわらずコントロールが効かなくなってきて薬がなくても変身してしまうようになり、ついには逆に薬がないと善良な心を保てなくなります。これほど人間の愚かで哀しい本質を端的に寓話化した作品もないかもしれません。

そしてジキルはとうとう、愛するミリセントさえ手にかけようとしますよね。ドア越しに、中に入ろうとするミリセントと入れまいとするジキル。徐々にジキルはハイドに変身していきます。このままではハイドとして彼女に危害を加えてしまう。わずかな正気が残っているうちにジキルは毒薬をあおります。指輪に隠した毒を飲んで、髪を振り乱して、もう一度顔を上げたときに・・・、彼は完全にハイドになってますね。これが怖いんですよ。嬉々としてドアを開けに行きます。そして何も知らないミリセントが入ってくる。ドアの陰に隠れていたハイドが彼女の後ろでドアを閉める。そのときのハイドの表情が冒頭の写真です。

もうそこには、ミリセントを愛する善良なジキルの姿はかけらもありません。これ、残酷でしょ?恐ろしいじゃないですか。これほどまでに人間性が否定された救いのない表情はないと思うんですね。これが”怖い”と言うことじゃないかと思うんですよ。ジョン・バリモアはそれを表現するだけの過不足のない見事な演技でした。

思えば、私が映画好きになるきっかけとなった『エクソシスト』にもこういう意味の怖さがありましたね。そりゃ、首が回転したり緑色の嘔吐する画もコワイんですが、あの映画には神と悪魔の戦いのすさまじさと、そこに巻き込まれてしまった人間の無力さという怖さがありましたね。

その後、山ほど出てきたスプラッターやショッキングホラーを、私は見ましたよ。かなり見ました。中学高校くらいの恐いもの見たさの盛りでしたしね。で、そういう映画も確かにコワかった。でもすぐ飽きた。そういう見た目コワイレベルのものは飽きるんです。もう一生見なくても平気です。

だから、最近の見た目コワイだけのホラー映画(全部否定しているわけではありませんよ、当然)よりも、この『狂へる悪魔』の方がよっぼど恐ろしい。こういうホラー映画は何度でもいくつでも見たいと思いますな。
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2007年04月05日

#0159『國民の創生』D.W.グリフィス監督 1915年アメリカ

birthofnation_.jpg
”THE BIRTH OF A NATION”

監督:D・W・グリフィス
原作:トーマス・ディクソン
脚本:フランク・ウッズ
撮影:G・W・ビッツァー
音楽:ジョセフ・カール・ブレイル
 
出演:リリアン・ギッシュ/メエ・マーシュ
   エルマー・クリフトン/ロバート・ハロン
   ヘンリー・B・ウォルソール/ミリアム・クーパー
   ベッシー・ラヴ/モンテ・ブルー
   ドナルド・クリスプ

詳しい作品情報はこちら
    ⇒国民の創生(1915) - goo 映画
    ⇒IMDb(英語)

1910年代の映画というのはこれが初めて。もうそろそろ100年前になろうかというのですからすごいことですが、映画についていろいろ勉強することのできた作品でした。

何の根拠もありゃしませんが、「サイレントは短い」と思い込んでいました。チャップリンの短編映画などのイメージが原因ですね。なので、まず2時間半以上という尺に驚き。でも作品公開当時の人たちも同様に驚いたんじゃないでしょうかね。それまでは一巻もの(十数分)の"動く写真”が映画の主流で長くてもせいぜい4・50分だったらしいし。しかしもっと驚きだったのは2時間半という長時間わたって”映画が物語を語ることができた”ということでしょう。しかも、題材は60万人以上の死者を出した南北戦争です。迫真の戦闘シーンを交えて南北戦争を語ったわけですから、当時の人々の映画に関する認識を根底から変えてしまうくらいのインパクトがあってもおかしくありません。

そういう歴史的意義のあるこの作品ですが、そりゃ現在の何でも満載映画の感覚で観れば面白くはないですよ。シナリオも演技も映像も稚拙で雑なものに映るかもしれません。しかし約1世紀も前に、この壮大な物語のために、グリフィスは現代の映画の基礎になる手法を体系化し駆使していたわけですから、やはりそれは驚きの目を持ってみるべきだと思います。

その手法がどういうものかは、映画学に詳しい皆さんのブログやサイト(例えばこちら⇒"映画学メモ by タカさん")を参考にしていただくとして、ああなるほどと思ったのはカメラによる映像が、それ独自の機能を果たし始めた作品の一つだということです。人が目で見るのと同様に映像を撮って見せていたものが、次第にカメラ映像ならではのカット割りがされていき、映像をつなぐことそれ自体が意味を作り出すようになってきます。これは、対象をそのまま撮影することとも、奇抜なトリックであっと驚く映像を作り出すこととも異なる、”物語を語るため”のまったく新しい方法の発見であったということです。このあたりの事は、前々から本などで読み知ってはいたことなのですが、今回初めてああそういうことなのかとわかってきました。一つ前に『戦艦ポチョムキン』を観ていたのも良かったかもしれません。カットに対する考え方が全然違います。

この作品のころ、編集はなるべく観客に気づかれないようにすべきである(Continuity Editing)とされていたそうです。したがって前回見た『戦艦ポチョムキン』と比較すると、まったくおとなしいというかごく普通の画面が続き(特に前半)、”衝撃”にかけます。それでもきちんきちんとストーリーが語られていく様子はまったく違和感はありません。また、元北軍兵士の小屋に立てこもるキャメロン一家を巡って、襲い掛かる黒人暴徒と救出に駆けつけるKKKをクロスカッティングで見せる後半のクライマックスシーンはスリル十分な場面です。

グリフィスが体系付けた映画の手法は、物語を語るための新しい方法として完成し一般化していきます。それに対する挑戦として、エイゼンシュテインなどの斬新な理論と手法による作品が登場してくるわけで、”まず世界を作った”という意味ではやはり素晴らしい作品、素晴らしい歴史であると思います。

なんか、コムツカシイ知ったかぶりっ子になっちゃいました。そういう話はさておいて、ごく素直に見惚れてしまったのはやはりリリアン・ギッシュの可憐さ。ちょっと虚ろな表情で目線を上に持っていくと、誰でも一度は見かけたことがある(だろう)リリアン・ギッシュの表情になります。後々のイラストやマンガなんかでこの表情をモチーフにして描いているものが結構あるんじゃないかと思われますね。

『白昼の決闘』('46)で、ジョセフ・コットン&グレゴリー・ペック兄弟の母親(父ちゃんはライオネル・バリモア)を演じていた老年のリリアン・ギッシュを観た事がありました。死に際の演技が素晴らしかったですねぇ。でも本領のサイレントで彼女を観るのははじめて。まるで、フランス人形みたいですな。それだけでも十分満足なんですけど、ちょっと鼻にしわを寄せて見たり、ぴょんぴょんはねてみたり、いかにもかわいらしい仕草も結構するので、これもなんか目からうろこな思いでした。

余談ですが、KKKが正義の味方の映画は初めて(これまた驚き)。グリフィスのバイオグラフィを読んでみて納得ですけどね。リリアン・ギッシュをはじめ白人女性に迫る黒人男の役は、”黒人メイクした白人”が演じていたそうで、筋金入りだったようです。

歴史を目撃した!と言う感じ。自宅でコーヒー飲みながら気楽に歴史を目撃できてしまう今の世の中はすごいですね。★★★★☆(こういう映画に★をつけるのもどうかとは思いますが)
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2007年04月02日

iPhoneコマーシャル  ”これは誰?何の映画?” 全正解!

他のブログに載せた記事なんですが↓


6月に正式発売が決まったiPhoneのコマーシャル。映画から31人
の電話シーンをつないでます(かっこいい)。

これ、だれのどの作品のシーンか全部わかりますか???

作品のほうがさっぱりわからん。諸先輩方、教えてください!

オショーネシーさんとYamaさんのコメントを載せました。

shakeさんから、情報を頂いて無事に全正解網羅!
見たのにわからないのがいくつかあって、腹立つし・笑

何はともあれ↓ご確認ください。

情報元のブログに多少データ違いがあるようですね。修正してみました。他にもご指摘があればぜひ!

スティーブ・マックィーン 『ゲッタウェイ』⇒『ブリット』
サミュエル・L・ジャクソン 『ジャッキー・ブラウン』⇒『シャフト』
ロバート・デ・ニーロ 『ミート・ザ・ペアレンツ2』ではないらしい・・・


0.電話のアップ(ダイヤルMを廻せ)
1.ルシル・ボール(アイ・ラブ・ルーシー・ショー:TV)
2.ジャッキー・グリーソン(The Honeymooners:TV)
3.ハンフリー・ボガート(キーラーゴ)
4.マーロン・ブランド(欲望と言う名の電車)
5.ジェリー・ルイス(底抜けてんやわんや)
6.マリリン・モンロー(お熱いのがお好き)
7.クラーク・ゲーブル(或る夜の出来事)
8.ピーター・セラーズ(ピンクパンサー)
9.スティーブ・マックィーン(ブリット)
10.リチャード・ドレイファス(アメリカン・グラフティ)
11.バート・レイノルズ(ブギー・ナイツ)
12.ベティ・ラブル(フリント・ストーン)
13.ロバート・レッドフォード(コンドル)
14.マイケル・J・フォックス(バック・トゥ・ザ・フューチャー)
15.ハリソン・フォード(逃亡者)
16.ジョン・キューザック(ハイ・フィデリティ)
17.オドレイ・トトゥ(アメリ)
18.ケヴィン・スペイシー(摩天楼を夢みて)
19.ウィリアム・H・メイシー(ファーゴ)
20.ダスティン・ホフマン(ミート・ザ・ペアレンツ2)
21.ウィル・フェレル(俺たちニュースキャスター)
22.サラ・ジェシカ・パーカー(SEX AND THE CITY:TV)
23.ジェフ・ブリッジス(ビッグ・リボウスキ)
24.ビリー・クリスタル(恋人たちの予感)
25.キャメロン・ディアス?(チャーリーズ・エンジェル)
26.サミュエル・L・ジャクソン(シャフト)
27.ジョン・トラボルタ(フェイス/オフ)
28.ロバート・デ・ニーロ(ミート・ザ・ペアレンツ2?)
29.ベン・スティーラー(ズーランダー)
30.マイケル・ダグラス(アメリカン・プレジデント)
31.ボブ・パー(Mr.インクレディブル)
タグ:iPhone
posted by FROST at 20:20| 埼玉 ☁| Comment(17) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月30日

#0158『戦艦ポチョムキン』セルゲイ・エイゼンシュテイン監督 1925年ソ連

potemkin ridotta.jpg
”BRONENOSETS POTYOMKIN”

監督:セルゲイ・M・エイゼンシュテイン
原作:ニーナ=アガジャーノ・シュトコ
脚本:セルゲイ・M・エイゼンシュテイン
撮影:エドゥアルド・ティッセ
音楽:ウラディミール・クリュコフ
出演:アレクサンドル・アントノーフ
   グリゴリー・アレクサンドロフ
   ウラジミール・バルスキー

詳しい作品情報はこちら
    ⇒IMDb(英語)


ネタバレあり

さて、とにもかくにもサイレント映画を観ようという気分になり、最初に取り上げるのはやはりこの作品『戦艦ポチョムキン』。不朽の名作にして映画の教科書ですねぇ。「映画って何?」という探究心を持った人は必ず一度は観ている名作ではないでしょうか。(って私は今回はじめてですけど・o・)。

いまさら解説なんかする余地ありません。★★★★★です。モンタージュがどうのとか、オデッサの階段のシークェンスがどうのとか、私ごときの受け売りよりも、巷に優れた記事がたくさんありますのでご参考にしてください。以上。。。。

とはいえ、それだけでは終われないので、まだ観ていない方向けにちょっとだけご紹介すると、、、、

革命前夜のロシア、戦艦ポチョムキン号の乗組員たちは劣悪な食事をきっかけに不満が爆発。暴動を起こし士官を制圧して艦を占拠する。しかし、暴動の主導者ワクリンチュクは銃撃にあって死亡。その亡骸はオデッサの港に安置され、その志と勇気をたたえる市民たちの長い列が出来る。やがて、ワクリンチュクの勇気は葬送にやってきた市民たちにも伝播。市民たちは革命に立ち上がり、艦と街は固い絆で結ばれる。集まったオデッサ市民が艦を歓迎する中、突然政府軍兵士の一団が群衆の鎮圧に乗り出し、オデッサの階段は阿鼻叫喚の地獄と化す。それに対し、ポチョムキンの主砲が轟然と火を噴き政府施設を崩壊させる・・・。

この作品はロシア革命の宣伝のために作られた映画なんですねぇ。1905年の第一次ロシア革命20周年記念映画。実際の歴史では、1905年に起きたポチョムキン号の反乱は政府艦隊によって制圧され成功しませんでした。しかし、作られたのが1917年の革命の後と言うことで、大々的なプロパガンダのために史実とは正反対のストーリーが作られたようです。

そういうことなので、水兵と市民たちの雄姿、押さえつけようとする政府軍の悪逆非道ぶりを徹底的に印象付けることが重要らしく、そのためにエイゼンシュテインは”モンタージュ”という技法を駆使した。そういうことでいいのかな。

で、問題はこの大傑作を前にして私は何を感じたのかということですが、とにかく映像の力というものを感じましたよ。テッテー的に感じました。

作品は全5章立てですが、ウジの湧いた肉をめぐって膨らんでいく乗組員たちの不満と怒りが爆発する”瞬間”を詳細に見せる第二章と、革命のお祭りムードから一転して政府軍兵士による大虐殺が起きる第4章(オデッサの階段)の映像は、特に腹に響いてくるものがあります。

艦上の士官と水兵たちの対立は、現実の政府と民衆の対立を模しているわけですが、尊大な表情のクローズアップが多い士官たちに対して、水兵たちはほとんどの場面で”群れ”で写されています。白い水兵帽をかぶっていますが、これが群れて動き回る姿が妙に印象的なんですよね。なんか、肉にたかって蠢いていた白い蛆虫にも重なるものがあって、いかにも”地を這う群衆”という感じ。

蛆の湧いた肉でつくったスープを拒否した水兵たちは甲板に集められて、司令官ゴリコフの登場。支配階級の権化がスープに満足したものは前に出ろと言います。すかさず前に出る士官たち、拒否する水兵たち。怒りを増していく司令官。にやにや笑う士官のアップ。業を煮やした司令官が衛兵を呼ぶ。武力を前にしてうなだれ言うことを聞くしかない水兵たち。それでも一部の者は頑なに拒否。このあたりどんどんカットが短くなっていきますよね。士官たち・水兵の群れ・甲板の全景がどんどん切り替わって、キリキリと緊張が高まってちょっと胸が苦しくなってきます・・・そして、ついに銃殺命令を発するゴリコフ。帆布を頭からかぶせられた反乱水兵たち。

余談ですけど、”頭から布をかぶせられた複数の人間”の画って、妙にビザールなものがありませんか。その存在は間違いなく人間なのに、その人間性を完全に無視されて単なる肉の塊のように扱われてる、そんな感じ。布から出てる足がまたそう感じさせるんですかね。この前に見たジョニー・トー監督の『ブレイキング・ニュース』でもアパートから逃がされてくる人質たちが5〜6人まとめてシーツかなんかかぶせられていて、それを観たときもおんなじような奇妙な見え方がしたんですよね・・・余談終わり。

射殺命令を出す士官のアップ、うなだれる水兵たち、恐怖のあまりひざから崩れる反乱水兵、そのとき神父が現れますが、これがまたいかにも俗悪な風貌で水兵たちの見方になど金輪際なりそうにない。神父役はエイゼンシュテイン監督本人らしいですね。神父の俗な顔のアップと手に持っている俗な十字架がギラギラ光るカットも追加、さらにサーベルをコツコツたたく士官の手、船首に彫られたライオンのレリーフ、、、そんな映像がどんどん切り替わって一触即発の雰囲気の中、徐々に顔を上げるワクリンチュクが叫びます「兄弟!誰を撃つ気だ!!!」

サイレントなんで音楽と字幕だけなんですけど、ここまでドキドキしましたねぇ。思わず姿勢が前のめりになりました。どんな画をどうつなぐと観客にどんなイメージをもたらすことが出来るのか。エイゼンシュテインは当然計算してやってるんでしょ?すごいですよね。驚きですよね。映画監督というのは本当にすごい人たちだ。

第4章のオデッサの階段はもっとすごい。もう、あんまり長々書きません(エッ?十分長いって?もうちょっと・・・^^;)。ものすごく有名なシーンなので(映画史上もっとも有名な6分間!)カットの内容には詳しく触れませんけど、この第4章って前半は艦と街が友好を築くシーンが実に平和的に描かれてるんですよね。市民が小さなヨットでポチョムキンの周りに集まって。手を振る姿、笑いかける姿。岸にいる市民もみんな楽しそうで、天気も良くて、手を振って。。。メガネをかけた教師風のおばさんとか、マルコメ君みたいな男の子と一緒に手を振るお母さんとか・・・。

「すると突然」・・・。字幕。


次の瞬間、あたりは地獄となります。何の前触れも予感もなしにいきなり。この落差で観客はまず何がなんだかわからなくなりますよね。その後も、説明が与えられるような画は一つもありません。襲い掛かる兵士は決して顔が映ることがない。個人なんてどうでもいいんですね。非人間的な圧倒的暴力。襲撃する兵士たちと撃たれ逃げ惑う市民たちが同じカットに映る事もありません。唯一の例外は死にかけた子どもを抱えて抗議する母親だけ。みんなが逃げ降りる階段を逆行し、兵士たちの前にたどり着いた次の瞬間に射殺されてしまいます。倒れる彼女の上に兵士たちの影が映ってます。倒れる人、逃げる人、隠れる人、血だらけの男の子、乳母車、撃ち抜かれたメガネ。さらに整然と横一列で前進する兵士たち。。。。臨場感ですねぇ。臨場感。まるでその場にいるみたいな臨場感。映画館で観たいよ。

さすがに映画の歴史を作った作品だけのことはありました。前に見た『裁かるるジャンヌ』もクローズアップを駆使した心理描写が良かったけど、戦艦ポチョムキンも良かった。確かに見えないモノが見えた。映像だけでここまで出来るんだなぁ。ちょっとだけ書こうと思ったらえらい書いてしまいました。未見の方ぜひどうぞ。

次回は、『黄金狂時代』(黄金狂時代と戦艦ポチョムキンは淀川長治氏が生涯で一番好きだった映画だそうな)

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posted by FROST at 18:04| 埼玉 ☔| Comment(10) | TrackBack(0) | OLD:その他ヨーロッパ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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